胸ポケットに愛を

2

葉山視点

* * *

その店を紹介されたのは偶然だった。
祖父の旧知の取引先の社長と話していたときのことだった。

数十年頼み続けていた仕立て屋が亡くなったという内容だった。
他愛もない話だ。

今は孫が継いでいて、自分の孫のようだと少しだけ思っていると言っていた。

その話を聞いて理由は分からないがその店が気になったのだ。
多分それが始まりだ。

店名と場所を教えてもらい、その店を訪れたのはそれから一ヶ月ほど経ってからだった。小さな店に、小さな店主がいた。

凡庸にしか見えない見た目と予想以上の若さに驚く。
これは孫のようだと思われる訳だと思った。

店はもう一人初老の男と切り盛りしていた。
お手伝い程度のものだろうと高をくくっていたが、採寸をてきぱきとこなす様子は今まで行ったほかの店と引けを取らなかった。

とりあえず、と言うわけではないがスーツを一着作った。

出来上がりの日、目の前でスーツを着ると、へにゃりと嬉しそうに笑ったのだ。
その顔がとてもかわいくて、もう一度みたいと思った。

それから、服を作るのはこの店ばかりになった。
実際仕立ては良かった。

けれど一番は、少年、石井柚希(いしいゆずき)の顔を見たい、笑顔を見たいという気持ちだった。
彼が携わった服を着るというのが幸せなのだと感じるようになったのはすぐのことだった。

お礼にと持っていた和菓子を無邪気に喜んでいたのできっと甘いものが好きなのだろう。
少年、と思っていたが一応成人は迎えているらしい。

少しずつ知っていることが増えていく。
それと同じだけ、柚希のことが好きになっていた。

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