理性的に恋をする

そんな一日

野々宮君はあまり生活のいろんな部分に執着をしない。

初めて彼の家に行った時、部屋が雑然としていたのもそうだけれど、彼は自分の住むところにも、生活に使う道具にも、それから食べる物にもあまり興味が無いように見える。

最初こそ、ぼくの料理のレパートリーの無さにあきれていた野々宮君だったけれど、何かとても好物な食べ物がある様にも見えなかった。
ロケ弁に対する文句も無ければ、ぼくの作るものへのリクエストもほとんどない。
ぼくは彼の好きなものについて、実はよくは知らないのかもしれないと思うことが時々ある。

そもそも、二人で並んでスーパーで買い物なんてことも一度もしたことは無い。
野々宮君は俳優なのだから当たり前だ。

こんなぼくだから以前に、そんなことが出来ないこと位分かっている。

だから、スーパーで恋人らしき二人があれがいいかな?って選んでいる姿を見て少しだけ羨ましくなってしまっただけなんだ。

野々宮君は、甘いものは結構好き。それから、鶏肉ときゅうりのサラダは一番最初に箸をつける。
大丈夫。
ぼくだって少しは野々宮君の事を知っている。

プロフィールでは“ピザトースト”が好きだとなっているけれど、一度「番組で素人の作ったものを食べさせられるときに比較的マシだから」と言っていたのも知っている。


ぼんやりとしながら、うちに帰る。

まだ、野々宮君が帰ってくる時間でもないのに、玄関の扉を開けると「ただいま。」と呟いてしまう。

「お帰り。」

聞えるはずの無い返事が聞こえて少し驚く。
野々宮君が玄関まで出てきてくれる。微笑んでそれからもう一度「お帰りなさい。」と言った。

「予定早まったから、そのまま帰らせてもらったんだ。」

そうだったのか、それならもっと急いで帰ってくればよかった。

「じゃあ、夕飯の準備はやめにしちゃうね。」
「ああ。ありがとう。」

野々宮君は、でもその前にと言うと、ぼくの手からエコバッグを取ると床に置いた。
それから、そっと僕にキスをする。
整った顔が僕に近づくのを見て、勿体ないと思いつつも思わず目をつむってしまう。

触れるだけのキスの後、野々宮君が至近距離で笑うのが分かった。
吐息だけでふっと笑う音を聞いただけでドキドキしてしまう。

ああ、歯磨きをしてから出かければよかったとか全然違うことを考えていると「やっぱり、園宮が家にいる方がいいな。」と野々宮君が言った。

「そ、そうかな?
あ、そうだ。今日の夕ご飯炊き込みご飯にしようと思ってるんだけど。」
「園宮の炊き込みご飯、好きだから嬉しい。」

野々宮君が当たり前みたいに、エコバッグに入っている食材をキッチンまで運んでくれる。

「ありがとう。」

ぼくが言うと野々宮君が笑う。

「何か手伝おうか?」

野々宮君に言われて、それじゃあと舞茸を渡す。

「小さく割いて欲しいんだけど……。」

ぼくが言うと野々宮君はぼくの隣で作業を始めた。

こうやって並んでキッチンに立っているのが、なんだかいかにも恋人っぽくて思わずにやけそうになってしまう。

「園宮、なんか嬉しそうだな。」

手を止めないまま野々宮君が言う。

「うん。今日は野々宮君いつもより早く帰ってきてくれたし、それにこうやって二人でいるのが幸せで。」

思わず言ってしまった本音は、我儘に聞こえなかっただろうか。
野々宮君を見ると「うん。俺も幸せだ。」と嬉しそうに笑ってくれた。




二人でご飯を食べてお風呂に入った。
ぼくも野々宮君も明日はゆっくりできる。

だから、という訳ではないけれど、ぼくの事を撫でる手に色が混ざるのを感じて嬉しくなる。
強請れるのであれば、いつでも強請ってしまいたい。

野々宮君の指とそれから唇が、ぼくの体に触れるのが嬉しくて何もかもが、快楽に変換されてしまう。
野々宮君にぐずぐずにとかされて、彼を受け入れるための体に作り替えられている気がして、それがとても幸せだった。

少し切羽つまった様な顔で、ぼくに「挿れるぞ。」と伝えられて頷く。

彼が中に入ってくる快楽と少しばかりの違和感にのけぞる。
手はどこか逃げ場を探すみたいにシーツの上を撫でてそれから、ぎゅっと拳を作った。


「背中に手をまわせばいいだろ。」

固く握りしめていてしまったぼくの手を取って野々宮君が言う。

「だって……。」

野々宮君の体はぼくのものでは無いのだ。
もし彼の体に爪を立ててしまって、仕事に差し障る様な事があったら。と思うと縋りつくことなんかできない。

けれど、彼がぼくに与えてくれる快楽から逃げることができなくて、拳を握ってしまったのだ。

「別に、しばらくは脱ぐ様な案件無いの知ってるだろ。」

マネージャーさんから仕事の予定を知らされていて、それはぼくも分かっている。

「急な仕事が入るかもしれないし……。」
「その時はコンシーラーでもなんでも使うから。」

だから目の前の俺に集中して、と野々宮君は言った。

手を伸ばしてしまっていいのだろうか。
爪はちゃんと短く切っていただろうか。

焦れたように野々宮君は僕の手を取ると、指に口付けをした後手の甲を舐める。
その間も僕の顔に視線が向いていて目が合う。

ぞくりとするような色気のある顔に、思考なんていうものは霧散してしまう。

「あ、中締まったね。」

体も反応してしまった事を直截に伝えられて恥ずかしい。
多分、野々宮君も分かってやっているかもしれない。

「俺にすがって?」

野々宮君の言葉が快楽と彼におぼれてしまっているせいで、取り留めが無くなってしまっている思考に響く。

おずおずと回した手に野々宮君は満足げに笑うと、ぼくに口付けをした。
誰よりも一番近い場所に野々宮君がいるという事実に、体が悦んでしまっている。

彼の背中に爪を立てているかもしれないというのに、甲高い嬌声と縋りついた腕に力を入れてしまうことをとめられない。

それなのに、野々宮君は壮絶な色気を含んだ顔で嬉しそうに笑うのだ。

「愛してる。」

付き合い始めてから何度も聞いている言葉が野々宮君の唇から紡がれる。
ドラマの中でしか聞いたことの無かった言葉が惜しみなく伝えられている。

そのたびにぼくは、嬉しくて、それなのに何故だかすこし涙が出そうになってしまう。
それが、嬉し涙に近いものだということは、もう知っている。

「ぼくも、好き。」

何とかそれだけ返すと、噛みつくみたいにキスをされる。
それでもう限界だった。

一気に上り詰めてしまい、目の前が一瞬真っ白になる。
多幸感と快感とがないまぜになって、中がうねってしまっているのが自分でもわかった。
はっ、と野々宮君が息をつめてそれから中で弾けたのを感じた。

二人で、はあ、はあ、という荒い息をしている。
見つめ合った瞳はまだ少し熱の余韻を秘めている様に見える。

「背中……。」

少しだけ冷静に戻った頭が、自分のしでかしを思いださせる。

「嬉しいから大丈夫。」

野々宮君がそっと彼自身の肩に手を触れながら言う。

それが本当にうれしそうで、それ以上ごめんともなんとも言えなくなってしまう。

中に入っていたものを抜きながら野々宮君が「一緒にシャワーだけ浴びてから寝るぞ。」とぼくを抱きかかえる。

「歩けるよ!」

ぼくが言うのに、野々宮君は聞こえないフリをする。

だけど、それが少しだけ嬉しくて二度目の歩けるよはそっと飲み込んでしまった。




お題:二人の甘々な日常

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