例えば、その願いを叶えられるなら(大人×健気)

ジングルベルを貴方と聞きたい

あの人はおれの世界を変えてくれた人だから、それだけでもう充分なのに多くを求めすぎてしまう自分の子供っぽさに嫌気がさす。

クリスマスを一緒に過ごしたい。そう言いたいだけなのに上手くできないのだ。
航平さんは忙しい。多分年末に向けて忙しくなるだろうと10月には言われている。
だから、どこかに行きたいとか、何か特別なことをしたいとかじゃなくて24日に、ただ、彼の顔を見られれば充分なのだ。

付き合いだしてから少し経つのに、その日家にいてもいいですかとも言えないなんて進歩がないと思う。
合鍵はもらっていてたまに週末等は彼の予定に関わらず彼の家で待っていることはある。同じ様にクリスマスも勝手に行って待っていればそれだけで充分だ。
それよりも、クリスマスなんて気にしない様になれればどんなにいいかと思う。

「素敵なツリーよね。」

ゲイバーのママの葛城さんがショッピングモールのホールに飾られたクリスマスツリーを見上げて言う。
今日は買い物の荷物持ちをしている。航平はホント捕まらないと怒っていたので相当忙しいのだろう。

「そうですね。」
「まるでデートみたいだよね。」

冗談交じりに笑顔を浮かべ言われた言葉に思わず声を出して笑う。

「そういえば、もうクリスマスプレゼントは買った?」
「いえ……。」

会えるかどうか分からないし、そもそも学生であるおれがプレゼントしたものはいつも高価であろう物を使っている航平さんには不釣り合いな気がしてしまう。

おれが言いよどんでいると「こういうのは気持ちだよ。」と笑顔で言われる。

「航平は、湊ちゃんがあげた物なら何でも喜ぶと思うよ。
約束はしてるんでしょ?」

何も答えないおれに葛城さんは今日必ず誘ってみなさいと言われた。



スマホの前でもう30分以上もにらめっこしている。
もう、電話じゃなくてメールでいいやと思うのにそれでも体が動かない。

そうこうしていると着信音が鳴る。
ずっとメールを送ろうか悩んでいる航平さんからだ。

慌てて通話にすると、不機嫌そうな口調で「今日これから会えるか?」と聞かれる。
何かあったのだろうかと思ったが断る理由が何もないし、会える時はいつでも会いたかった。

はい、と返事をすると「実はもうアパートの前まで来ている。」と言われた。

慌てて出かける支度をして家を出ると、航平さんの車が停まっている。

「遅くなってすみません。」
「いや。」

電話での不機嫌な声は今も続いているみたいで、体を固くする。
もしかしてが脳裏をよぎる。別れ話なのかもしれないと思った。

車の中ではお互い無言で、相変わらず航平さんは不機嫌なままだった。
連れてこられたのは航平さんのマンションで、そのまま二人で彼の部屋に向かう。

玄関を入ったところで、腕を引かれる。
もつれるみたいにして靴を脱いで、それから半ば引きずられる様にしてリビングへと連れてこられた。

輸入物なのだろう、彼の部屋には大きなソファーが置いてある。
そこに航平さんが座ると彼の太ももの上に座らせられるように腕を引かれた。

「今日葛城と出かけたんだって?」
「ああ、はい。お店のクリスマス用の買い出しの手伝いで。」

おれがクリスマスと言った瞬間、航平さんの体がギクリと固まるのが分かる。

「年甲斐も無く恥ずかしい嫉妬だというのは分かっているんだ。」

後ろから抱きしめられ、小さな声で航平さんは言う。

「あいつが、デートしたって煽っているのは分かっているし、クリスマスだからって特別なことをしてやれそうにないのも分かってる。」

おれの肩に顔を押し付けるみたいにして航平さんは言った。

「嫉妬してくれたんですか?」
「……まあ、恥ずかしながら。」
「嬉しいです。クリスマスも別に特別なことは何もいらないです。」

一旦立ち上がって、航平さんと向き合う。
別れ話じゃなかった安堵でどうやらおれは気が大きくなっているらしい。

「何もいらないから、クリスマスの夜一緒に過ごしてくれませんか?」

そう言うと、航平さんはもう一度おれの手を引いて、今度は正面から抱きしめてくれた。

「勿論一緒に過ごそう。
湊はもっと我儘を言っていいんだからな。」

それから、そう言って、自業自得でも何もいらないは傷付くんだぞと付け加えた。

「ごめんなさい。」
「湊が謝ることなんか何もないだろう。
勝手に俺が嫉妬してただけなんだから。」

抱き締められた腕のなかで、クリスマスまでに航平さんへのプレゼントを買いにいこうと思った。



お題:攻めの嫉妬かすれ違い

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