臆病者のエトセトラ(王道脇)

番外編

蘇芳視点(3年〜)

時々何故、茨木という人間が俺と共にいるのか分からなくなることがある。

3年に進級して、二人ですごすようにになって分かったことがある。
俺が思っていた以上に茨木という人間は周りに対して興味が薄い。

俺の親衛隊であったこと、そしていまだに俺と関わっていること、周りから茨木が何も言われていない筈がないのだ。
最初は、告白に近い事を言われたし、恋愛感情がある相手の為に耐えているのだと思っていた。

けれども、茨木の様子はいつでも飄々としている。
直ぐに、ああ、周りの人間に興味がないのかと気が付いた。

一瞬、聞こえたであろう。陰口を叩く人間の方をチラリと眺めて直ぐに興味を無くしたようにいつもの無表情に戻る。

それからは気にした風もなく文庫本を取り出して本を読んでいるか、ぼーっと外を眺めていた。

別に自分が周りの人間からどう思われていても構わない様だ。

それなのに何故か茨木は俺と居る。
勿論、寮に帰ってからは、見たいアニメがあるとか、生放送があるとかそんな理由で断ることも多かったが大方二人で過ごしていた。

ただ俺に関しては基本無表情ではあったが、時々笑顔も浮かべるし、興味が無くなってしまったみたいに目をそらすことも無かった。

時々癖の様に、首の後ろを掻く仕草をする位しか特徴の無い男だ。

けれども、決してこちらに踏み込んでこない茨木と過ごすことは存外楽だった。
期待の眼差しで見られることも無く、侮蔑の表情を浮かべられることも無くただ友人としてそばに居る。
そんな経験は初めてだ。

「どうした?」

茨木のことをじっと眺めていると、訝し気に尋ねられる。
伺う様な視線が面白かった。

「いや、何でもない。」

そう返事をすると、直ぐに茨木の視線は俺から食事へと移る。

茨木は以前、俺に抱かれたい旨の話をしていた。
今の彼はとてもじゃないがそんな風には見えない。
俺のことを性的ないし恋愛対象として見ているとはとても思えない。

まるで聞き間違いだったかの様だった。

もう一度聞きなおそうかと思ったことは何度もある。
けれども、聞いたことは無かった。

思いつめた様に告白されても困る程度には今の距離感を気に入っていたし、逆にあんなのは気の迷いだと興味を無くした表情で見られることも嫌だった。

一言で言えば臆病だったのだ。

今にして思えば馬鹿みたいな見栄だった。

だから、自分のテリトリーに茨木を入れたことも無かったし、彼を庇うことも無かった。
茨木も何も言わなかった。

それだけだった。

卒業をして、新たな環境でお互い別々に生きていくものだと思っていた。

そもそも、共通の話題もなかったし、お互いに一人が好きだ。
高校を卒業したら会わなくなってそれでおしまいだ。

お互いに口にしなくても茨木もそう思っていたに違いない。

でも、俺が駄目だった。

茨木が隣に居ない生活に耐えられなかったのだ。
水の無い場所で生きる魚の気分だった。


茨木のことを可愛いと思ったことも美しいと思ったことも無い。

けれど今は自分のものにしたいと思うし、茨木も、俺無しでは生きていけない様になればいいと思った。
そこで、ようやく、俺も茨木を愛してしまったことに気が付いた。

メッセージアプリで連絡を取ってみようと思って止めた。
彼の現在の居場所を確認することは簡単なことだ。

多分きっと、たとえ茨木は今でも俺のことが好きだとしても、自分のテリトリーに入られれば逃げるだろう。
漠然としてはいたが確信があった。

ならば、逃げる暇を与えなければいい。

そう決めると、俺は茨木の現在の居住地であるマンションへと向かった。




[ 166/250 ]

[*prev] [next#]
[mokuji]
[しおりを挟む]
[main]