短い逢瀬。
世界が闇に包まれてから、それを脱するまでの短い時間。
私達に与えられた時間は週に一度のたったそれっぽっち。いや″私に″かと漏れるは自嘲の笑み。
今は丑三つ時を幾分か過ぎた頃。短い逢瀬もあと数時間でお終い。そうしたら次に逢えるのは一週間後。
ベッドから上半身を起こし、窓をゆらりと見つめた。外の世界はこんな時間にも関わらず明るい。流石大都市といったところか。その非常識な明るさに思考がぼやける。
何かを求めて(いや、何かはわからないのだが)手をそちらに伸ばす。拳を握ると、その非常識な何かを少し汲み取れた気がする。
何だかちょっとした満足を覚えて、視線を窓から外した。部屋の中を彷徨った視線は最終的に隣で眠る男に向いた。
髪に自分の指を沿わせる。
「…………ライ」
組織屈指の腕利き狙撃手。
長い黒髪に、取れる事のない目の隈、少しこけた頬、節くれだった指、筋肉がつき無駄が一切排除された身体、丸で深淵に誘うかのような深い瞳。
彼の特徴はそんなくらい……あぁ、アレを忘れていた。
苦さの中に甘さを含んだタバコの香り。
タバコは好きではないのだが、彼のこの香りはどこか落ち着くから嫌いではない。最も目の前で吸われるのは勘弁願っている。
髪の毛の先を手でくるくると弄る。
綺麗な髪、そう思う。
「……貴方の名前は、何と言うんでしょうね」
何となく感覚で彼が完全なこちら側ではないのはわかっている。諸星大、というのは偽名であろう。
だがそれを組織に言ったりはしない。その程度には私にとってこの逢瀬を終わらせるのが惜しい。
ははっ…と半ば渇いた笑いが漏れる。
顔には自嘲と苦しみと悲しみが宿る。
ベッドから抜け出そうと身体を浮かそうとしたが……浮かせなかった。
「……どこにいく」
「ライ……」
腰に回っていた右腕でグッと寄せられた。私は上半身を起こしたまま。
顔をお腹にすり寄せてくる。
「どうしたの?貴方が甘えてくるなんて珍しいわね」
「たまにはいいだろう」
「そうね。……何か少し嬉しいわ」
ふふっと笑みが漏れる。これだけの会話で幸せな気分に一気になれる自分の頭も随分と幸せなものである。
「……さぁ、朝までまだ時間があるから寝ましょう?」
「…………」
「ライ?」
腰に回ったライの腕が熱い。指先が腰から離れたかと思うと、ツッと背筋を撫でられる。
急な刺激に身体がビクついた。
それに気を良くしたのか、指先は脇から腰、下腹を行き来し始める。それに合わせて口から零れる小さな声。
「……っぁ……ラ、ライ!?」
「ん?」
熱っぽい視線が私を絡め取る。
彼が身体を起こし、顔が近づいてきたと思えば息が出来なくなる。混乱する頭が酸素を求めるように口を開けば侵入してくる熱い舌。逃げようとしても頭を抑えられているから逃げることができない。
上から覆い被さるかのようにされているそれに、もう限界であると力なく胸を叩く。そうすれば瞬間さらに深くされた後、離された。
酸欠で痺れる頭に、糸を引くものが視覚情報で提示される。そしてまた近づいてきた彼の顔が耳に口を寄せる。軽く甘噛みされた後、
「……ギムレット」
もう、一度。
そう続けられた言葉に私は頷きを返すしかできなかった。
再び私の前に現れた顔にはどこか優しい笑みが浮かんでいて。それが再び唇に触れたのがスイッチであった。私の背中は再びベッドに沈み、意識も熱の中に呑まれていった。
ライがNOCだったのが組織にバレて逃亡したのは、その翌日の事であった。
頑なに私のコードネームを呼ばなかった彼は、最後の夜、一度だけそれを呼んだ。
そう、あの時だけ。
何か意味があるはずだと、痺れてうまく働かない頭を動かして自分のコードネームとなっているお酒のその意味を調べて、愕然とした。
遠い人を想う、長い別れ私は、最後の逢瀬の、いつもより若干情熱的であった彼を思い出し涙するしかなかった。
願わくば…………
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