※Attention※
この話は作中の時間軸等を考慮して捏造が多めです。ご注意下さい。
加えて、終わりがすっきりしないお話となっていますので、重ねてご注意下さい。







目の前に鎮座する、いかにも量の多いそれ。
量が多いからといってめげることはできず、かといって複数回に分けて運びたくもない。



「……よし」



頑張って1回で全てを移動させよう。







+++++







目の前に大きな段ボール箱……基、それを抱え、さらにその上に紙の資料を乗せて運ぶ人がいる。
女性が一回に運ぶ量じゃないだろうと心の中で嘆息を吐きつつ、よろよろと進んでくるその姿に危なさを見出せば、

案の定、あっという小さな声とともに体勢が崩れるのが見えた。



「……赤井先生、大丈夫ですか?」
「あーなんとか?ありがとうね……えっと、そうそう沖矢くんだ」
「いえいえ。でも、こんな量、女性が一気に持つものじゃありませんよ」
「いやぁ、わかってはいたんだけどね。ほら、複数回に分けて運ぶのが面倒で」
「でしたら、学生を呼んでください」
「学生の皆がレポートで追われているこの時期にこんなことは頼めないよ」



崩れゆくところをすんでで支え、かつプリント類も落とさなかった。その事実にまた息を吐く。よかった間に合ってと。
会話をしながら体勢を立て直し、そして段ボール箱ごと上の書類も彼女の細い腕からひったくる。


……重い。


こんな細い柔腕でこんな重たいものを持っていたのかと内心軽く吃驚した。



「あ、ちょ!沖矢くん!大丈夫だから!」
「ふらふらと歩いていたくせに何を仰るんですか」
「ぐっ……」
「今度からは誰でもいいですから呼んでくださいね?先生が怪我されると皆が悲しみます」
「おっちょこちょいだなぁって笑われるだけよ」
「そんなことはないと思いますが」
「なんにせよ……ありがとうね、沖矢くん。本当は少し重かったの」
「でしょうね」



間髪入れずにそう返せば、あら酷い、なんてころころ笑う。
笑いが落ち着くと、さすがに全部もたせてしまうのは悪いからと、上に乗っていた紙類は再び彼女の腕の中に戻った。

どこへ運べばいいのかと問うと、予想通りで彼女の部屋。
扉はIDカードと暗証番号を入力すれば入れるとのこと。そのくらいの間ならば紙束は片手で支えられるわ、なんて言ってまた笑う。



「赤井先生、この大きな段ボール箱を持っていたらそれすらできなかったのでは?」
「あら、本当じゃない」
「……はぁ」
「沖矢くん、若いうちからそんなにため息ついていちゃ損するわよ〜」



なんてね。私と君とじゃ8つも離れていないっけ。と続けながら操作をする。
ウィンと扉が開いたので、失礼しますと言いながら、入った。

余分なものは置かれず、整然としている部屋。
珈琲好きな彼女らしく、珈琲を淹れるためのものは揃ってはいたが、後は本と紙、備え付けの備品くらいだった。

入ってすぐの対面ソファの間にあるテーブルに置きますね、と言って置いた。



「本当にありがとう。助かりました」
「いえ、このくらい」



手伝ってもらったお礼に、珈琲でも淹れるわ。珈琲は好きかしら?なんて聞かれたからえぇと返す。
そう、よかった、なんて淡く微笑んで彼女は豆を挽き始めた。

手持ち無沙汰になった私は、ソファに腰を降ろさせてもらい、次いでぼんやりとその姿を目に映した。

部屋は外に比べて顔の色や表情が見やすかった。よくよく見ると、彼女の目の下には薄い化粧では隠しきれていない隈がみえた。加えてなんとなく顔も青白い気がする。
今更ながら、心なしか前より体の線も細い気までしてきた。



「……先生」
「はい?」
「最近、きちんと食事を取っていらっしゃいますか?」
「……え?」
「それに睡眠も」



豆を挽いていた手が止まった。



「やはりそうでしたか」
「……んー、そんなにわかりやすいかな?」
「いえ、そんなことはありませんよ」



沖矢くんは鋭いのね、なんて言って複雑そうに笑うその姿に、うまい言葉が見つからない。



彼女はその後、何事もなかったかのように再び豆を挽き出し、珈琲をご馳走してくれた。








+++++








「珈琲、御馳走様でした」
「お粗末様です。手伝ってくれてありがとう」
「はい。……そうだ、昼食時とはいっても終わりがけではありますが、ご一緒しませんか?」



少しだけ、攻めてみた。
え?と不思議そうな顔をする彼女に、学生と食べに行くのはマズいですか?と少し眦を下げながら言ってみる。
彼女は少しの間黙って、ちょっと待って、と言った。



「教授と助手の方達に、沖矢くんが手伝ってくれたからそのお礼も含めてご飯に行ってきます、って言ったら、あぁいいよ行っておいでって言われちゃった」



いいのかしらね?なんてクスクスと笑いながら言った。



「……さぁ、では行きましょうか!」
「えぇ」



どこにしようか、という話はすぐに決まった。
正門から歩いて15分ほどの、彼女オススメのお店。

カランコロン、と扉を開けると音が響く。



「いらっしゃいませ〜って、赤井さんじゃないか。久しぶりだね」
「ご無沙汰していますマスター」
「今日はご主人と一緒で……っておっとっと」
「変な勘違いはよしてくださいよ、生徒です」
「てっきり浮気現場を目撃してしまったもんだと」
「笑いながら言っても駄目ですからね〜。それに私は主人一筋です」
「知ってるよ」



そんな軽口の応酬を聞きながらにやけそうになった口元を諌めた。
今日は生徒もいるのでテーブル席にします、マスターとおしゃべりできないのは少し残念なんですけどね、と彼女が言うと初老のマスターは再び声を立てて笑った。

席に着き、注文をする。二人とも即決だった。
お昼とは言っても終わりがけだからか、料理はすぐにきた。



「こんなに食べられるかなぁ」
「小食なんですね」
「元々は結構食べるほうなのよ?……ただね、最近食欲があまりわかなくてね」
「加えて眠れないと」
「えぇ」



彼女はややうつむいてそう言った後、顔をこちらに向けた。



「でも、びっくりしちゃったわ。沖矢くん、主人と頼むものが同じなんですもの」



泣き出しそうな顔をしていた。


少し、話に付き合ってもらえるかな、と私に聞いてから彼女は話し出した。



「さっきの会話からもわかると思うのだけどね、私結婚していたの」
「自分なんかじゃもったいない人と」
「私、大学はアメリカでね。その頃に付き合っていた人だった」
「卒業後は就職もバラバラで自然と消滅して、連絡すら取り合わなかった」
「……あれは丁度2年くらい前かしら。ばったりと会ったの」
「そんな偶然本当にあるのかって思うわよね。でも、あったのよ」
「それからは早かったわ。半年も経たずに籍を入れたの」



互いに食べつつも、彼女だけが話す空間だった。そんな雰囲気であった。



「彼は結構危険な仕事をしていてね」
「そう、丁度警察のようなものかしら」
「仕事柄怪我をして帰って来ることも多くて……」
「でもね、いくら怪我をしていても、それが大なり小なりであっても、必ず…必ず帰ってきていたの…!」



彼女の声は、震えていた。



「あの日も、そうだった……」
「いつものようにいってくると家を出て行ってーー……」



ーーそれっきり帰ってこなかった。



「連絡もないし、おかしいなと思った」
「そうしたら、ね。翌日彼の仕事先から電話がかかってきたの」



彼は、仕事の最中に殉職した、って。



「……先生」
「ごめんなさい、こんな話しちゃって…。せっかくの美味しいご飯が」
「先生」
「今度、仕切り直しでまた奢らせてもらうね?」



これが隈と顔色と食欲の原因よ、とまだ雫が残って光って見える瞳に言われた。


彼女は、気丈であろうとしていた。


できることならば、今すぐにでもこの腕で目の前の彼女を抱きしめてやりたい。大丈夫だと、言ってやりたい。


しかし、今の自分にはなす術がない。


せめて、この今の生徒の立場から一言は声を発さねばとはわかっているのだが、何も……何も言葉が見つからなかった。








「ごめんなさい、でも何も言わずに聞いてくれてありがとう」









泣き笑いをしている彼女を、俺はただ見つめることしかできなかった。









宙を切る手と心













(2016/05/07)


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