「やぁ、こんばんは」
「……何のようですか、慎二さん」
「ちょっと秀一、そんな嫌そうな声出さないでくれよ」
ついで、貴方がこんな夜にやってくるときは面倒臭いと相場が決まっている。と奴は続けた。
彼が今根城としているホテルを尋ねれば、返って来たのはこんな声。
「酷いなぁ。俺がいつそんなに面倒ごと持ち込んだっての」
「…………」
「え、ちょ、無言はやめてくれない?」
お兄さん泣いちゃう。
なんて茶化して言うと貴方はもうお兄さんなんていう年齢じゃないでしょうと嘆息をつかれながら言う。
いや、だから冗談ですってば。
秀一は諦めたような呆れたような顔をしながら扉を閉めずに部屋の中へ戻っていく。
どうやら話を聞いてくれるようだ。瞬間鋭く周囲に目を走らせ、何者もいないことを確認して扉を閉め、鍵、チェーンをかけた。
窓に近いソファに秀一は座っている。その対面のソファに俺も腰かけた。
「確認は?」
「してあります」
「さすが」
「これくらいは当たり前でしょう」
誰にも聴かれていないことを確認して、俺は口を開いた。
「んで、いつあの坊やの言っているようにするんだい?」
「何のことでしょうか」
「俺に隠せると思うの?」
全く表情を変えずに何の事だと聞き返す秀一に、やっぱりこいつはさすがだなぁなんて思いつつ、しかし俺はニコリと笑った。
小さなガキの頃からお前を知っている俺を出し抜けるとでも思っているの?なんていう意味を淡く込めたものを。
静寂が、空間を支配する。ピリピリしているような、でもどこか柔らかな矛盾しているその空間に、先に耐えられなくなったのは、
「……お前、本当にさすがだよねぇ」
俺の方だった。
こういうのは問い詰められてた方が静寂に耐えかねて口を割るのが相場なんだけどなぁ。
右手で前髪を掻き上げ、ぐしゃぐしゃとする。
「秀一、俺に言わないつもりか」
「だから何をです」
「……あぁ、もう!本当に強情だなお前」
目の前に座るコイツは……。
「……シュウ」
「…………」
「俺は、俺のルートで掴んだものを確かめたいだけだよ」
わかっているんだろう?
なぁ、答えてくれよ。お前は俺にとって大切な弟のような存在なんだよ、今でも。
そんなお前が表から暫く去ろうとしているのを俺が黙って見ているタチだと思う?
そりゃ、お前がずっと表から去るなんては考えてはいないけどさ、これは区切りの一つだろう?
なぁ……。
+++
はぁ……。なんて嘆息が聞こえてきたのはそれからどのくらい経った頃であろうか。
「……俺が昔から貴方に弱いのは知っているでしょう」
「何やかんやでね」
「明日の夜半、来栖峠にて行います」
「ん、サンキュ」
「キールも演者です」
「……へぇ、本堂くん使うんだ」
「彼女も組織での立場が危うくなっていますからね」
「Win-Winの関係ってやつか。お互いに利益しかない」
「えぇ」
坊やの筋書きに俺は必要なさそうだ。
確認の取れた内容に少しホッとして、膝に乗せていた組んだ手を解きソファの背に軽くもたれた。そのまま顔を天井に向けると、薄暗い照明が俺を迎える。
「慎二さん」
「ん?」
「一杯、どうですか」
顔を向けると、手でクイッとグラスを傾ける仕草をする。
笑って、いいぜ、付き合ってやるよと言うと、奴は口角を小さく上げた。
さぁ、コイツの復活までを祈願した小さな宴を開こうじゃないか。
ウメが香った(ウメの花言葉)
(それは)
(忠実、気品、不屈の精神、高潔)
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