ふっと意識が浮上する。瞼をゆっくりと開けると目に飛び込むは、鍛えられていて均整の取れた筋肉の付き方をしている、彼の人の胸。自分の頭の下に片腕、もう片腕は自分の腰に巻きついているのがわかる。

そっと手を上げて、眠るその人の頬へ触れると、息遣いに呼応して小さく動いていた。
端正な顔をそのまま暫らく見ていると、ジワリと涙が浮かんできた。

……あぁ、こうやって過ごすことができるのも、今日が最後か。

一度目尻に浮かんだ涙は、もう流れに沿って落ちるしかない。その、熱いような、冷たいような、よく分からない温度に、さらに目尻が熱くなる。


「……ック」


いつしか彼の人の頬へ当てていた手は、自分をかき抱いていた。目の前の人へ、自分の震えが伝わらぬよう、起こさぬよう、自分の中へ留め置くために。

っは…はっ…と荒く小さく息を吐く。そして吐く度にまた熱くなる目尻に、際限がないと心の中では苦笑しても、止まることはなかった。






暫らくして、落ち着いたかと思って息を吐いたら、すとんと声が落ちてきた。


「…落ち着いたか」
「?!!イザナッ…貴方起きて!?」
「お前が泣いているのに気付かない俺だと思うか?」


そう言って淡く笑む彼に言葉が詰まる。何も、言えない。加えて、さっき収まったはずであった涙がポロポロと零れ始めた。

何も言えず、ただ時折パクパクと口を動かす私を数秒見た後、イザナは唇を彼女の目尻に這わせた。瞬間ビクリとする彼女を、両腕で深く抱き込む。そうすると、普段じゃ考えられないほど、彼女が小さく思えた。

リティは別段小さな女性ではない。むしろ女性としては背の高い方で、身体はやや病弱と言えど調子のいいときは自分と揃って鍛錬するなどしているため、筋肉もある程度付いている。

そう、小さく思えるような人物ではないはずなのだ。

だがしかし、今自分の腕の中で震えている彼女はーーリティは、小さく思えた。


「……リティ」
「…………」
「泣くな。俺がお前に泣かれるのが弱いのは知っているだろう?」
「……っ……えぇ…えぇよく知っているわ」


未だ震えながらも、言葉を返してきた。もう一度、目尻に唇を這わせる。今度はくすぐったそうに身体を震わせながらもくねらせた。


「イザナ…」
「なんだ」
「好きよ、貴方の事が好き」
「俺もだ」
「……だから…だからこそ、もう終わりね」
「…………」
「貴方とこうして過ごすの、好きだったわ、とっても」
「……あぁ」
「互いの温度も、心も、全てがわかるこの距離が」
「あぁ」
「……そんな顔しないでイザナ?貴方にそんな表情は似合わないわ」


そう言いながら涙を溢れさせる彼女は、少し身体を伸ばし、俺の目尻へと口付けた。触れられてわかった。どうやら俺も涙を流していたらしいことに。

すっと離れた彼女は笑った。


「……これからも宜しくお願い致します、イザナ殿……いいえ、陛下」
「あぁ……まだ戴冠式は済んでいないぞ」
「ふふ…まぁそうなのですけどね」


笑う彼女は、これからも自分のそばにいる。今のような関係は無くなっても、これまでと同じ表の立場がある。



クラリネス王国王女にして第一王子付き側役

リティール・ウィスタリア



自分の同年の従姉である彼女は、これからも自分のそばにいる。今はそれだけで十分な気がした。







私はそっと、彼女に触れる

私はそっと、彼から離れる



title by 確かに恋だった






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