俺は、頭の中に奏でられた旋律を音にし、そして譜面にしていた。自分の今持つ仕事に割く時間以外のほとんどその全てをそれに割いていた。少し休憩しようと立った時に軽い目眩がして、自分が最近ろくな睡眠に食事を取っていない事を思い出した。コーヒーにライ麦のパン。最近それくらいしか口にしていない気がする。

午前8時。日付はロシアナショナルの前日を示していた。



+++



午後、久しぶりに出た外は一段と寒さを増していた。タクシーを捕まえて空港に向かう。手に握ったものは、航空チケット。ロシアナショナルのチケット。1週間前、唐突に送られてきた。同封された手紙には短く一言、『来てくれ』。私は旋律を完成させるのはロシアナショナルを観た後だと、確信した。

2泊分の着替えにパソコンと財布とチケットを詰めただけの小さなボストンバックを片手に空港に降り立つ。飛行機の時間まではまだ暫くある。どうしようか、と少し悩んでラウンジに向かう事にした。

中は混み過ぎず、しかし空き過ぎてもいない。そんな感じであった。隅のソファが空いていたので、ホットコーヒーとビターチョコをそこを陣取った。静か過ぎない空間にややゆったりとしたジャズが良く似合っている。次は少しジャズ調の曲をかいてみようか。そんな事をつらつらと考えながらほろ苦いチョコレートを奥歯で砕いて、その余韻を楽しみながらコーヒーを喉に流し込んだ。



+++



午前零時。シャワーを浴びて一息をついた。
濡れた髪のまま、ベッドに腰掛ける。ホテルはヴィクトルが取ってくれていた。自分の好みにあった派手過ぎない所。作業がしやすそうな部屋だと思う。ただ、今日はもう休もう。少し身体を休めたかった。

でもその前に、ヴィクトルに一言入れておこうと思って、LINEを開いた。短く、『着いた。いい部屋を取ってくれたみたいだな。ありがとう』と。そうしたらものの数秒で返信…ではなくて電話が掛かってきた。

「お前もう寝ろよ」
『開口一番にそれは連れないなぁ』
「連れなくて結構。明日試合なんだから早く寝ろ」
『そうしたいのは山々なんだけどさ……なんか俺らしくなく興奮してしまっているみたいで眠れないんだ』

子供かお前は、なんて心の中でだけ突っ込む。まぁ、それだけ戻れているのはいい兆候か?なんて思いながら、身体は溜息を吐いていた。

「で?結論から言え」
『君の部屋にブランデー持ってお邪魔してもいいかな』
「はぁ……好きにしろ」
『スパシーバ、ロージャ!』

フォン、と音を立てて黒い画面に戻ったそれを数秒眺めて、直ぐに来るであろう奴のためにドアへ向かった。

ものの1分もしない内にドアをノックする音がした。開けると満面の笑みを浮かべて酒とツマミを掲げるヴィクトル。思わず眉間に手をやった俺は悪くない。

「やぁ!本当に久しぶりだね」
「あぁ、そうだな」
「反応が薄いぞー。俺はこんなに嬉しいのに」
「俺もロシアナショナル後なら素直に嬉しがったさ」
「ふーん?」
「いいから酒開けろよ。呑んで、気持ち良くなって、さっさと寝ろ」
「厳しいなぁロージャ」
「終われば何でも聞いてやるよ。だから、明日の為にも早く寝ておくれ、可愛いヴィーチャ」

少し顔と声を和らげて言ってやれば、頬を軽く膨らませる。未だに俺に可愛いなんて言うのは君達とヤコフくらいだ、と。
でも、嬉しそうな響きがそれには含まれていて。俺はさらに笑みを深くした。

結局そのまま酔い潰れたヴィクトルをベッドに寝かせてやる。現役バリバリのスポーツマンだから重くて仕方ない。こちとら運動と言ったら仕事が詰まっていない時のランニングとジムでの筋トレくらいだというのに。やつを寝かせて時計を見ると午前3時。思いの外時間が過ぎていた。目覚ましを7時半にセットして、自分はソファで寝た。




朝、寝惚けたヴィクトルにベッドに引き摺りこまれそうになるのを阻止しつつ、ユーリに助けを求める電話を掛けた。その後ヴィクトルを引き取りにきた彼をみてこう思った。





彼との久しぶりの再会がこんなのって、ないだろ!




[9/10]



「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -