風邪っぴきちゃんと飛雄ちゃん
彼女が、熱を出したらしい。
白波と同じクラスの友人が、一緒に昼飯を食べているときに言ってきた。
「は?」
「なんだよその反応」
せっかく教えてやったのに、と不満そうな顔をする友人。悪りぃと一言返し、じゃあ今日の部活はマネージャーは潔子さんと谷地だけかと思った。
6時間の長ったらしい、正直何やってんのかよくわからない授業を終えた俺は、真っ先に部活へ向かう。着替えて、アップをしていたらゾロゾロと人が集まり始めて。
メンバーがほとんど揃ったところで軽く挨拶があり、部活は始まった。
いつもはあっという間に駆けていってしまう部活が、何故か今日は遅く感じられて。加えて、いつもならしないような凡ミスがちらほら。どうやら集中できていないようだった。
そんな俺に、3年の先輩達は苦笑を見せ、2年の先輩達は苦笑を見せる人と訝しむ人がいて、同級生の1年は、呆れたような表情をする奴と、訝しむ奴がいた。
そしてとうとう、
「影山、お前は今日はもう帰れ」
と大地さんに言われてしまった。
えっ、どうしてっすかと問えば、自分がよく分かっているだろ?と返される。わからない、ちんぷんかんぷんである。
頭の上にいくつもの疑問符を出しているのがわかったスガさんが、助け舟を出してくれて、やっとわかった。
「白波、今日休みだろ?」
「……あ、はい。風邪だって友人が言ってました」
なるほど、そういうことか。普段いるはずの存在がいなくて、無意識の内に集中ができていなかったらしい。
気付いて先輩達を見ると、柔らかい笑みをたたえていて。
「……あざっす」
大人しく言葉に甘えさせていただくことにした。
……アイスに、冷たいスポドリ、ゼリー。見舞いの品はこんなものでいいだろうかと思いながら、凪の家の前に立った。
呼び出し鈴を押す。ピーンポーンと音がして、次いで何やら音がして、暫く静かになったと思ったら、玄関のドアがカチャリと開いた。
「飛雄くん…」
「よぉ」
いかにも熱があります、といった体の凪が出迎えてくれた。
少し足元がおぼつかなそうな彼女の腰に手を回して支えながら、彼女のベッドへと向かう。
凪は、学校の近くのワンルームを借りて一人暮らしをしていた。なんでも、親が凪が高校へ入学する直前になって海外転勤を言い渡されたらしく、彼女は、それに付いていく気になれなかったらしい。
彼女をベッドに横たえさせ、近くのコンビニで買ってきたものを見せる。
「アイスとか買ってきたんだけど、食べるか?」
「いいの?」
「お前のために買ってきたもんだしな」
熱で赤らんだ頬が、喜色でさらに赤らんだのが俺にも分かった。
「実は、朝から何も食べてなくて…。お茶しか飲んでなかったから、嬉しい」
「……おう」
「ありがとう飛雄くん」
「ん」
ついでに冷えピタも買ってきた、と告げれば、彼女が小さくやったと言ったのが分かった。
凪をベッドから起こし、ベッドサイドに腰掛けた自分にもたれかけさせてから、その冷えピタを貼った。気持ちいい…と呟く彼女にアイスを渡すと、またありがとうと言葉が返ってきた。
アイスを食べ切った彼女の身体を、再びベッドへ横たえらせる。
「見ててやるから、少し寝ろよ」
「うん。……あの、飛雄くん」
「なんだ」
そうすると、彼女は少し恥ずかしそうにしながら、手を握っていてもらえるかと言った。もちろんと俺は答え、手を軽く握ってやると彼女は安心したかのように、すとんと眠りに落ちた。
軽く握られているその手は、彼女の寂しさを表しているのだろうと思う。鈍感な俺でもそれくらいは分かる。
家族に気軽に会えない中体調を崩し、半日一人ぽっち。寂しくなって当たり前なのだ。
安心したように眠る彼女の手を軽く握り、自分も背中をベッド際に預けて目を閉じた。
乗せた想いは幾許か
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