受験生と後輩菅原くん
図書館の窓際、左から三つ目の四人掛けの机。そこが私の定位置だ。
授業が終わるといつもそこへ行き、図書館が閉まる8時まで勉強する。ここ半年、そんな毎日を過ごしている。
「あっ…」
そして、この位置に座り続ける理由。
とてもシンプルな理由だ。
「今日も頑張ってるなぁ孝支くん」
視線をちょっと落とせば、体育館が見える。風通しを良くする窓ーーいや、扉かな?ーーは綺麗に開けられていて、中の様子を鮮やかに見せてくれる。
そう、この場所は一番体育館の中の様子が見やすい位置にあるのだ。
体育館の中では、バレー部が今日も練習に精を出している。私は、その中のクリーム色の髪をした男の子の動きを、勉強の合間合間に目で追っていた。
頑張る彼を見ていると、自分も頑張らないと、と思わされる。学校が終わってから長い時間に渡って勉強を続けられるのは、彼のそんな姿を見ているから、と言っても過言でない。
「凪ちゃん」
「あっもう閉める時間ですか!すみません、今出ます」
「ごめんね〜」
「いえ、ぼーっとしていた私が悪いので!」
時計を見るともうすぐ8時。やってしまったと思いながら筆箱とノートをカバンに突っ込む。
お世話になっている司書さんに挨拶をしながら足早に図書館を後にした。
***
ーカタンッ
足早に図書館を出て、そのままの勢いで階段を降りた。長らく椅子に腰掛けていたからか、簡単に息が乱れる。
はぁっ…と小さく息を吐いて呼吸を整える。よし、っと思って前を見ると、いつもの場所に孝支くんがいた。
タッタと駆け寄ると、音に気付いたのか孝支くんがこちらを見た。その顔にふわりとした笑みが広がるのを見て、私も頬が緩んだ。
「ごめんなさい。遅くなっちゃった」
「大丈夫ですよ、凪先輩。俺も今来たばっかりなんで」
あぁ…笑顔が眩しい…。勉強の後に見るとほんと癒されるなぁ。
歩きながら、今日の練習はどうだったのかと聞くと、途端輝き出す瞳。楽しそうに語るその顔は、可愛らしくもあり、格好良くもある。
後輩の成長を楽しそうに語る孝支くんに、私は笑みながら相槌を打った。
「孝支くん」
「はい」
「今日もすっごく格好良かったよ。穴が開くくらい見つめちゃった」
「そうですかー……って、え?!!え?!!」
「ふふ」
「っ…あーもう!急にそんなこと言わないで下さいよぉ…」
右手で顔を抑えてヘナヘナと座り込む孝支くん。顔が赤いのバレバレだよ?
小さく笑いながら自分もしゃがむ。うー、とか唸っている孝支くんの頭に手を乗せ、ポンポンと叩いた後、軽く撫でた。
「…子供扱いしないで下さい…」
「別に子供扱いしてないよ?今日もお疲れ様でしたって意味を込めてるもの」
「………」
「こーうーしくん?」
「…はい」
「格好良かったのは本当だからね?」
そう言うと、視線を上げて分かっていますそれくらい、と目で言ってきた。
「…先輩、いつも唐突に言うから心臓に悪いんです」
「そうだっけ…?」
「そうです!しかもサラッと何でもないように言うから尚更心臓に悪いっていうか…」
私っていつもそんなに唐突だっただろうか?頭の中を昔に遡らせてみるが、いまいちヒットしない。
うーん…覚えがない。全くない。
そんな私の様子を手の隙間から見ていた孝支くんは軽く息を吐いた。
「だからタチが悪いんですよ…先輩自覚症状がないから…」
「…うーんと、ごめんね?」
「可愛らしく言っても無駄です」
「あはは」
「…ま、そんなところも好きなんですけど」
「……………はい?」
「好きですよ、凪さん」
さっきまでの可愛い孝支くんの顔ではなく、どことなく艶めいた感じの顔。
今度は私がフリーズする番だった。酸素を求めるさかなのように口をパクパクとさせる。
顔からゆっくりと手を離した孝支くんの顔には、してやったり、とい書いてあった。
「大好きです」
「え…と、あの…その……私も好きです…」
「知ってます」
だから、今日も頑張ったご褒美としてキスして下さい、なんて艶めいた顔で言われて否と言うことなど出来るわけがなかった。
(…えー、ほっぺたなんですか…?)
(え?駄目なの?)
(うーん…俺としては、こっちにしてほしかったんですけどね)
(………?!む、むり!絶対無理だからね!!?)
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