黄瀬くんとお兄さん
今日は何故か部活も生徒会もなく、久し振りに明るい内に家に着いた。
「ただいま」
「麗兄じゃん。おかえりー」
返事が返ってくるとは全く思っていなかったから驚いた。
しかも、モデルという仕事をしているためにいつも帰りが遅い弟に言われるという。
「……涼太じゃないか」
「何その豆鉄砲でも食らった顔」
ケラケラと笑いながらそう言う弟。
だっているとは思わないじゃないか…。
いるなら、一つ歳が下の妹達くらいかと。
バリバリのキャリアウーマンである母や、それなりの大きさの会社の重鎮である父であるはずはないし。
と、考えながら靴を脱ぎ、家にあがった。
「笑うなよ…だってお前いっつも仕事で遅いだろ」
「麗兄だって部活とか生徒会で遅いじゃん」
「だとしても大抵お前よりは早いよ」
「そう?」
「あぁ」
それから一旦涼太と別れて私室に入った。
制服を脱ぎ、ハンガーにかけ、リ〇ッシュを数回掛けた。
制服を脱ぐと、一気に身体が重くなる。
帝光中の看板を身体から下ろすからだ。主将として、生徒会会長として張り詰めていた何かが解ける。
…制服は好きじゃない。
重くなった身体で私服に着替える。
水色のシャツから細かい水玉模様のある藍色のシャツに、真っ白のパンツからストレッチの効いた黒色のパンツへと変わる。
涼太や妹達に、Vネックのとか着ろとよく言われるけど、あまり着ない。襟のあるシャツが一番心が落ち着く、というかリラックスできるから。
さて、と重い身体をあげ、リビングに向かった。
***
リビングに着くと、キッチンの方で涼太が湯を沸かしていた。
俺に気付いた涼太が、俺も紅茶飲まないかと聞いてきたので、是と答える。
数分後、紅茶のいい香りが鼻孔をくすぐった。
笑みが、零れた。
「…麗兄って、本当にリラックスしたときさ、自然に笑みが零れるよね」
「そうか?」
「うん。何かさ、その笑み見ると勝てないなーって思う」
「勝てない?何にだ?」
「何だろうね」
とごまかすように笑う涼太。顔には、所謂モデルスマイルと呼ばれるものが張り付いていた。
なんとなくムカついたので、その頬をギュムっとつねってやった。
痛いと言ってくるが、それを聞く耳は生憎と持ち合わせていない。
「これでもモデルだから顔に傷がつくの嫌なんですけどー…」
「軽くつねっただけだ。明日の朝には元通りのモデル黄瀬涼太の顔になっているさ」
「うわー…ひっでー…」
頬を擦りながらブーブーと不満を零し続ける。
その姿が可愛く映るのは、親バカならぬ兄バカなせいだろうか?
「…そういや、麗兄ってバスケ部に入ってたんだっけ?」
「あぁ。何だ、気になるのか?」
「んー…ちょっと?」
涼太は何でもそつなくこなす。
だからか、昔から何かに執着することがなかった。いや、できなかったと言った方が正しいか。
「興味があるなら一度来てみろ」
「そっちに用があったらね」
「それでいい。…今年は面白いのが何人も入った。きっとお前の…いや、言う必要はないな」
「そこまで言われたら気になるじゃん。勿体ぶらずに教えてよ」
「ははっ。来れば分かる。だから来い」
「えー」
***
「あの時麗兄が言っていたのはこのことだったのか…」
そう、ストレッチをしながら、俺は一人ごちた。
「ん?何か言ったか黄瀬?」
「何でもないっスよ、青峰っち」
「そうか?」
「そうっス!」
足りないものを埋めることができた。
純粋にそのことが嬉しい。
兄の言葉は、きっとこう続いたのだろう。
“全てが満たされる”
と。
もっとも、今それを兄に伝えたところで、あの兄は、そんなこと言ったか俺?なんてすっとぼけるのだろうけど。
でも、取り敢えず今日、兄が帰ってきたら言おう。
“ありがとう”
ってね。
(2014/01/07更新)
これ、黄瀬ですか…?
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