失業しませんか(スクアーロと補佐夢)



私は失業することが願いです。
どこかの若くして亡くなった戦場ジャーナリストが言った言葉だった。

世界の誰かに死を売っている私が言うのもなんだけれどそれには同意します。
私だって別に命を軽く見ているから暗殺者なんて言う仕事についているわけではなくて、彼らとわたしたちは分野の違うわけですね。
戦場ジャーナリストが予防接種だとしたら、私たちの仕事は事後処置に近い。
被害を0なのが不可能なのが確定した後に、被害を減らす方向へ持っていくべき人間を間引く。1人殺して100人の人員の生命を確保する作業をしている。
まあむろんそこにはボンゴレ本部の多分なる意志も利益勘定も働いてしまうけれど、そこは9代目から本部ボスの座を継いだのが穏健派の沢田綱吉さんですから、作戦を考えるのはおそらく彼ではなく参謀の獄寺隼人さんですが、彼自身沢田さんの犠牲は最小限でというのを肝に銘じているらしく私が判断しても「まあ妥当かな」と思うリストを渡してくるので私も本部に行き渋る幹部たちの代わりに、穏便にを心掛けて書類を受け取っている。

それでも私はヴァリアーから来た、またボスについて裏切るんじゃねーのかって目で…特に獄寺さんからは見られているからなかなかに突っかかられたけど残念ながら伊達に視線だけで死線を潜り抜けたマフィオーソが固まる視線にさらされているわけではない。

悪いがいくら年上で身長が高い彼に睨まれながら凄まれようと視線など痛くもかゆくもない。
ただ少し今後のためにしおらしそうに装っておこうくらいの心構えで臨ませていただいています。
ついでに本部の皆様で、とドーナツくらい差し入れれば沢田さんがうちのボスとは全く違うボスの顔でいつもありがとね、と声をかけてくだされば獄寺さんも黙ってくれるし。
無論、本部の皆様のドルチェの好みだって熟知している。

そんな面倒な本部から出て、イタリアに帰るかと自家用ジェットに戻ろうとしたら携帯が鳴った。


「Pront.」
「補佐かぁ?」


おっと、隊長だ。今隊長はフランスに滞在しているんだったか。
もしかしてまた迷子になって自家用ジェットで迎えに来いってやつだろうか。先月など「悪い、迎えに来てくれねぇかぁ?アマゾンの熱帯雨林で迷子になってよぉ」と大変アバウト且つ砂漠の水滴を探すようなミッションを申付けてきたりする。基本的には苦労性はお互いさま、と言いたいところだけど隊長の放浪癖にばかりは頭を悩ませるものだ。しかし普段はお世話になっているから何も考えていないような声色を装いながらメモ帳を取り出す。


「はい、補佐です。いかがなさいましたか、隊長」
「…いつまで出かけてんだぁ?」
「は?」


放浪癖の鬼である隊長にだけは言われたくないですけど、を飲み込んで予定だけを告げる。
その間に頭の中で相手がその言葉を言ったかの選択肢を探す。
隊長の場合は、自家用ジェットを個人的なようで使いたいからが一番濃厚かな。そうじゃないなら帰りに迎えに来い、それかついにボスの我儘に付き合っていられなくなって愚痴仲間である私の帰還を待っているとか。


「今ボンゴレ本部を出たところなので、順調ならば12時間ほどでイタリアに戻れる予定です」
「そうかぁ。なら明日にはこっちに帰ってきてんだなぁ」
「はい。また何かありましたか?愚痴ならば帰ったらまた語りましょう」
「…そうじゃなくてよぉ」
「?はい」
「…13日空いてんのかぁ」


明日の日付を言われ予定表を確認。
とくに忙しい仕事は居れていなかったから、憂さ晴らしに付き合えと言うなら付き合えないほどじゃないな。


「13日一日で良いなら、明けられますよ」
「!!本当かぁ!?」
「はい、確か明日も自家用ジェット使うような予定はなかったはずですから。どこの秘境でもお付き合いします」
「あ?秘境?」


心底不思議そうな声を出されてこっちが首をかしげた。
え、隊長の憂さ晴らしとかってどこかの名の知れた剣豪とかをなぎ倒しに行って発散しながら自己顕示欲を満たすことじゃないの?


「近場のカフェとか行ったり映画見たりぶらぶらしようと思ってんだぁ」
「えっ」
「デートしようぜぇ」
「は、はぁ…私で良ければ…」


そんな近場をうろうろするのでストレスがはっさ…ん?待てよ3/13…。
思い出した。隊長の誕生日だ。忙殺されていてすっかり何も用意していない。
ヴァリアー隊員の誕生日は幹部がカレンダーにはなまる書いてるから幹部は準備してるんだろうなぁ…。
うーん。
幹部に電話を入れてみれば、コール二秒で出た。背後に爆発音が聞こえるけど、うん、気にしたくないな。


「先輩!先輩!やばい!」
「ああ、うん、何がやばいのか聞きたくないからもう一回かけなおしていい?」
「ケーキが黒い!」
「…オーブンの説明書読んだ?時間設定は…」
「ボスが超直感でどうにかなるってまわしたから気にもしなかった!躊躇ないボスちょうかっこよかった!」


ちょうかっこよかった結果が爆発であると気づきもしないのか。
そして幹部たちはどうしてああも根拠のない自信に満ち満ちているんだろう…。ああ生きられたら楽…いや、楽ではないな。
気の迷いにもほどがあるし、語弊が御幣を呼ぶような言い回しができて事が雪だるま式に大きくなるところとかどう考えても生きづらいにもほどがある。


「落ち着いて聞いてね、明日私と隊長出かけるからケーキは焼かなくて大丈夫だよ」
「えっ!?私たちスクアーロに見捨てられたの?ま、まさかこの間、ボスとの間にはさんで喧嘩したから?それかボスに投げ飛ばされたときスクアーロ巻き込んで頭かち割れたから!?そ、そうじゃないならこの間あんまり眠かったから膝枕お願いして半日近く寝てたから!??」


隊長、ご愁傷様です。
ちなみに最後の半日寝ていたエピソード、ボスが本部との会議から帰ってきたときに見つかって思い切り首絞められるわ蹴られるわしてるのにそれでも精神たくましい幹部が起きずに結果半日寝て隊長はいろいろズタボロになっていたけど幹部には文句ひとつ言わなかったからな…漢ですね。隊長。


「ううん、そういうんじゃなくて。たまにはみんなでじゃなくて静かに誕生日過ごしたいんだって。私が接待しておくから大丈夫だよ」
「そっか、分かった。じゃあ私、先輩の接待のお手伝いする」


ああ、無用な気遣いの極みである可能性が大いにあるけど一応聞いておこう。


「先輩の仕事いくつかやっとく!」
「幹部…!」


今までで一番うれしい出来事かもしれない。
お礼を言って携帯を切る。さて、明日に備えてプレゼントでも用意してから帰ろう。

*

一方こちらは苦労性の双角の一片。
ふー、息を抜く。こんなに緊張した電話は久しぶりだと思いながら先ほどまで補佐の声が聞こえていた携帯をポケットにしまう。
15以上歳の離れた女にここまで緊張する日がこようとは。
この組織においてロリコンなどとは呼ばせない。組織のボスがそれ以上の年齢差の女囲ってるんだからと言い訳。だいたい、オレと補佐が並んで歩いているよか、ボスさんと幹部が歩いているほうがどう考えても犯罪性を帯びそうな外見をしているのだ。
あいつにだけはロリコンなどとは呼ばせねぇし、そもそもこんなに緊張した電話は久しぶりだとは言ったが、よくよく考えてみればその前の緊張した電話と言うのはボスさんが携帯の使い方を覚えて早朝だろうが深夜だろうが電話かけてきて無理難題シリーズを申付けてきたりするのにはまっていた時期の電話だった。
あれとときめきの緊張をいっしょくたにしてはいけない。
少しだけ、オレの誕生日を覚えていたらうれしいとは思うがきっと多忙なアイツのこと。

覚えていなかろうと文句を言うつもりもない。そもそも馴れ合いの集団じゃない仕事場でプライベートをはさもうというのだ。
…それはこれから、覚えさせればいい。

ちなみに遠くで爆発音が聞こえたが、あいつはら頼むから忘れたらいいとは思いながら今乗り込んで「オレへのサプライズパーティーはしなくていいぜぇ!補佐とデートするからなぁ!!」なんてたとえ準備の真っ最中に乗り込んだとしても自意識過剰もいいところだしベルあたりには一生茶化される。
まあそっちはサプライズに引っかからないように動けばいいかとうまくかわすすべを考えておくとして、問題はこっちだ。
男からデートに誘ったのだ。満足させてやらないなんて無様なまねはできない。いくつかプランは考えてあるし、リストランテも予約した。…女を落とそうと思って落としたことは正直あまりない。
基本的に向こうから言い寄ってくるパターンが多かったし女に困ることもなかったから。

今回は、落としたいのだ。


*

3/13

「どうぞ」

おかしい。
さっきから隊長がまったく口を開かない。返事はそっけないし、むしろ口数が多い方のはずなのに予約したというリストランテに来るまでも着いてからも必要以上の口を開かない。
ああ、とかそうかぁ、とか。ま、まさか隊長、愚痴るのも面倒なほどに疲れてますか…?うつ病への入り口…的な?どうしよう…ここは私が何とかしなくてはこれ以上胃痛要因が増えたら本気で倒れる!!
とりあえず微笑みながらなにかあったんですか、と話を促しつつ、少しだけお酒が入った隊長にお酌をしていれば、さっきまで黙り込んでいたのに急にこちらに向き直って口早に言葉を紡いだ。


「…どう男を落とすかやってみてくれねぇかぁ?参考によぉ」
「えっ、いや、私がやるのは女性が男性を落とす仕草とか、ですから…」
「それでいいんだぁ!」


いや、ちょっとよくないです。いったいなんの参考にする気ですか。ボスからのいびりで女装任務でも任されたりしたんだろうか…とは思いながらも一応、参考にするならすればいいとは思う。180オーバーある隊長じゃちょっと女役はむりそうだけどなぁ…とは思いながら。しかしここから仕事の領分ならば、隊長に完璧なる女役と言うのを見せてやらねば。
とろり、蕩けた視線としなを作り肩にもたれ、足を絡める。


「少し酔っちゃったみたいです。少し体をお貸し願ってもよろしいですか?」


ゆったりとした動作で顎を少しだけ上げて、隊長の眼を見つめてはにかみ笑いをしてから頬を赤く染めて視線を落とす。唇を動かすのも、しいて遅く。


「すみません、いつも見ていたはずなのに…意外とたくましい肩されてたから…なんだかどきどきしちゃいます」


最期に意図的にグロスで艶めかせた唇を触る。
柔らかさを見せつける。人はせっつくような早回しよりも、むしろゆっくりとした動作から目を離せなくなる。
そこでは、筆の先のように流麗に遅く慎重に視界に入り、流れるように惹きつけて――あとは懐に入ってしまうだけ。
視線を外したら、あとは向こうがおってきてくれるのを待つ。


「―――こんなかん、じ?!」


はなれようとしたら肩をそのまま掴まれて引き寄せられ、至近距離に隊長の顔があり、思わず固まる。
色を宿したそこは今にも唇を奪いそうな距離に。


「あの、隊長、終わりましたよ…」
「……それで部屋までもつれ込んだらどこまでやるんだぁ?」
「へ?脱ぐ前におさらばでいいと思いますけど」


そもそも隊長はさすがに脱いだらばれるだろう。


「………」


不満げな隊長は唇をとがらせて、さらに抱えるように引き寄せられ唇をふさぐ。
……酒の勢いでキスされてしまった。


「………」
「なあ」
「………はあ…」
「……悩みはあるかぁ?」
「そうですね…仕事も毎日大変ですが…」
「失業してみねぇか?」
「―――は」


もう一度、キスを落とされ思考停止。


失業を前提にオレとつきあってくれ
(隊長、私がいなくて仕事回せるんですか)


20130313.



 →