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ことばがこころを締め付ける


  キラキラと目を輝かせて「すごいだろう」と言わんばかりにボールを体の様に操る。幼い頃から才能もあった、ここぞという所の勝負も強かった。そんな涼野の初めての迷いで二人の関係も変わり始めていた。今のサッカーをする彼の目はなまえに支えて欲しいと訴えかけているようだったが、その手を取る事に迷いがあったのはなまえの方だった。きっと今だけだ、と思ったのは涼野に他に新しく大切な人が出来れば自分は用済みであると思っていたからだ。

  初戦の相手が決まった。試合は数日後。部活が終われば部室に篭りマネージャーの仕事を進めなければならないなまえは、放課後の涼野達の特訓に付き合う事は無かった。そんな生活が一週間ほど続いた頃、ついに痺れを切らした涼野は部活前のなまえを捕まえてぶっきらぼうにこう伝えた。


「放課後少し、付き合ってくれないか」


  それを隣で見ていた八神は急にどうした、とでも言いたげな表情をしている。「わかった」と頷いた彼女を見てと呆れたようにため息をついた。八神が何と言おうと、なんだかんだ涼野に甘いなまえ。涼野の側にいる事を控えている事はなまえにとって成長した事ではあるが、八神はもう涼野に必要以上に関わる必要はないと思っていた。親友だからだ。1番近くで悲しむなまえを見てきたからこその答えだった。

  溺愛していた彼女が居なくなった溝は涼野にとって大きなものだったのだろう。なまえを突き放すことで埋めていた溝も、やはり必要だと思って引き寄せる事もその理由は同じだ。


「なんでだろ、断れないや」


  理由が分かっていても、涼野が歩み寄ってくれた事をなまえが断る事は出来ない。悲しそうに俯くなまえの背中をそっと支えてやることしか出来ず彼女もまた俯いた。


・・・


  部活が終了してもグラウンドが静かになる事はなかった。数週間前よりボールの音を心地よく聞けるようになったなまえは足元に転がるボールを拾い上げる。

『放課後少し、付き合ってくれないか』

  言った通り、涼野は部活後も練習を続けた。額から汗を垂らす思い人にタオル運びに行くとそれに気付いた涼野は動きを止めてなまえに向き合った。


「はいタオル、ドリンクはベンチね」
「ありがとう、そろそろ完成しそうなんだ」
「ふふ、晴矢も同じ事言ってた」


   放課後の練習も調子は徐々に戻っていた。特に合わせることの多い南雲も手応えを掴んだような様子であった。部活中に練習をしている南雲にも声をかけたところ『そろそろ完成しそうだ』と同じ返しをしていたのだ。その様子を思い出して口元を緩めたなまえの様子が気に食わなかったのか、涼野はムッと口を結ぶ。


「…晴矢と一緒にいたのか?」
「え?」
「…なんでもない」


  涼野の焦ったような物言いに、なまえは表情を固まらせる。そのままタオルを乱暴に受け取り、顔を隠した涼野の綺麗な銀色に近い髪からのぞいた耳は、心なしか赤くなっていた。


「え、は、晴矢がどうかしたの、?」


  何時もならすぐに冗談が言えるはずだが、なまえは再び会話を掘り起こしてしまった。涼野の赤面した表情を見て、なまえもまたみるみるうちに体が熱くなっていく。

だって、こんな風介知らない。 こんな、表情なんて見たことがない。

  そんな事を思ったのも束の間で、タオルをそのまま首にかけた涼野はなまえに背を向ける。背後から見た涼野の真っ白い耳までもが赤くなっているのを見て恥ずかしさに耐えきれず、涼野の首にかかったタオルを無理矢理引っ張った。なまえの顔はどろどろに溶けてしまいそうなくらい熱くて、真っ赤だったのだ。


「な、何するんだ!」
「いいじゃん…貸してよ、風介のせいだよ!」
「なんで私のせいになるんだ!なまえが私に渡したタオルだろう!」
「ま、待ってこっち見ないで!」


  タオル一枚を真っ赤になりながら引っ張り合う二人は、おもちゃを取り合う子どものようだった。ただ本当にそれが欲しいわけではなく、お互い何かで気分を紛らしたいだけで。こうやって馬鹿をし合うのも久しぶりだ、となまえは少し懐かしい気分になった。

  夕日がグラウンドを赤く染め、そのせいかなまえは涼野に見惚れたことにより力を緩めるとタオルは涼野の手に渡った。またひとつ、彼の事を好きだという気持ちが蘇ってしまう。なまえはそう思った。やはり八神の言う通り、自分がどうしたいのか答えが出てから隣に居るべきだと思った。


「風介くーん!」


  涼野に背を向けた瞬間、グラウンドの外から声をかけられなまえの体は凍り付いた。視線を向けると大きく手を振る女子達は見覚えのある顔だったからだ。乾いた音。あの日頬を叩かれた音と心の痛みが蘇り、なまえは体が震える。声をかけた女子達は小走りで近くに駆け寄った。彼女達の貼り付けたような笑顔はまるで『近寄るな』とでもいうような表情だった。

風介はどんな表情をしているのだろう、風介も彼女達と同じ様な表情をしていたら。

  そんななまえの頭を巡るのはあの日の冷たい涼野の表情と。

『迷惑だ、失せろ』

  あの冷たい言葉。


「…わたし監督に呼ばれてるんだった、ごめんね、先に帰ってて」


  「おい、」と走り去って行くなまえを止めようとしたが、涼野の手は宙を掴む。最後まで視線を合わせることが出来ずになまえは逃げるように去っていった。


・・・


  翌日、南雲と涼野の新技が完成した。あの一ヶ月の空白が無かったように、うずうずしていただけあり息もピッタリだった。なまえは部活終了直前までボロボロになるまで練習していた二人の前のように喧嘩し合う姿を見て胸を下ろした。必殺技について纏めているとなまえの視界にふと綺麗な赤が視界に入る。にこり、と笑った基山に安心したなまえは頬を緩ませる。


「今日はもう帰れそうなの?」
「あ、うん、監督からも何も言われてないし」
「じゃあ一緒に帰ろう」
「うん、玲名がいいって言ったらいいよ」
「いいよね、玲名」
「だめだ」


  じゃあだめ、と八神と基山とのやり取りも普段通りに戻りつつある、のに。なまえの心は晴れなかった。昨日の件もあり部活中は涼野に話しかける事も出来ず、サポートも全く出来なかった。データをまとめたバインダーを乱暴にバッグに入れて仕舞えば、もう帰宅の準備は出来た。八神に続いて部室を出ようとすれば、基山もその後に続く。

  その姿を見た南雲はため息をつく。南雲は周りの変化に良く気付く。基山のことも涼野のことも何と無く分かっていた。


「おいおい、風介がいないからって最近やりすぎじゃねえか、新キャプテンさんよ」
「風介がいないからこそだろ」
「…お前が1番腹黒だわ」
「私がなんだって」


  そんな中割って入ったのは凍てつくようなオーラを纏った機嫌の悪い涼野だった。そんな中でも基山いつも通り甘いマスクを忘れず笑ってみせる。制服を纏った涼野は今日は練習を切り上げるようだ。そして南雲も「俺も帰る」と言う。そして鞄を肩にかけるとなまえ達の隣に並ぶ。恐らくだが自然と涼野も此処に加わるのだろう。なまえは正直涼野と一緒にいる事が少しだけ怖かった、またあの女の子達に絡まれると思うと気持ちとは裏腹に体が震える。今日は自分から誘うのは止そう、そう思って背を向けるが涼野に勢いよく手を掴まれ、なまえは目を見開く。


「なまえに話があるから先に帰ってくれないか」


・・・


  彼らを見送ったなまえと涼野は自然とグラウンドへと足を進める。話とはなんだろう、と最近涼野と会話したことを思い出してみるが急を要する用事は思い当たらない。この状況を昨日の様に誰かに見られたら、なまえはそう思うと顔が青ざめる。


「…風介、見られるの、良くないから部室に入ろう」


  今のなまえはというと、涼野に手を引かれ必死に足を動かしている。空いた手を伸ばして涼野なら肩を叩けば、涼野はゆっくりと足を止めた。まだ生徒がいる中こんな状況を見られてしまえば、あの女子達に何をされるか分からない。俯いたなまえに気付いた涼野だが隠れる様子はなくグラウンドのベンチに荷物を置いて、なまえと向き合った。

  真剣に見つめ合ったのはいつぶりだろうか、ただでさえ口数の少ない涼野の言葉を待つ事なんて無かったように思える。色素の薄い髪が風で揺れ、思わずなまえは俯いた。


「…私はなまえに酷い態度をとった」


  ぴくり、となまえの体が震える。その話題を掘り返す事を恐れていたなまえは、そのまま顔を上げる事が出来なかった。

  そうだ、この数週間なまえは酷く窶れていた。涼野が行き場のない不安や苛立ちを、なまえに当たることで発散している事をなまえも理解していた。それでも涼野の言葉や態度は鋭い刃物で切りつけられるように痛みを感じる。無かったことにしたくても、出来ないほど深く傷付いていた。

  涼野の言葉を待つ事がもどかしく、なまえは思わず肩にかけた鞄の取っ手を握りしめていた。


「なのに、お前は私の元から離れない、むしろ近付いてくる」
「それは、わたしが勝手に」
「なまえが居たから私は忘れなかったんだ、サッカーの楽しさを」


  恐る恐る顔を上げた。何て情けない表情をしているのだろう。なまえも同じ様に瞳を潤ませた。

  わたしが風介の側に居たかったから、そうしただけだよ。辛くても風介の応援をしたかった、それだけなんだよ。

  じわり、と浮かんでくる涙に伝えたい言葉も声にならない。そんななまえの様子に気付いた涼野は、取っ手をきつく握りしめていた手を掴み優しく解いた。


「情けない理由で弱音を吐いたからとつまらない意地を張って、なまえに当たった私を、見捨てないでくれてありがとう」


  なまえの肩から鞄が落ち地面に音を立てて落下する。そんな事も気にせずついに、手で顔を覆ったなまえの涙腺は崩壊しそのまま座り込んだ。


「な、なんで泣くんだ」
「だって、風介がそんな、こと言うはず無い…ストーカーだって言うし」
「…私があいつらと同じように接すればどうせお前も離れていくと思ったんだ」


  離れるわけがない。わたしは風介を応援したい。どんな事があっても風介が願うならずっと側にいるよ。

  片膝をついた涼野は、なまえの手を包む。そして柔らかく微笑んだ。


「なまえは、私にとってこれからも大事な幼馴染だ」


  幼馴染だ


  全ての音が無くなったような感覚は、なまえの心に何かを落とした。


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