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消えないで私の、


  これでもう終わりなのだと思うと呆気なかったような、何処か安心したような。パン、と乾いた音が響けばなまえの頬が赤く腫れていく。

  止めどなく溢れる涙は止まるすべを知らない。支えてほしい、支えたい幼馴染の背中はもう既に見えなくなっていた。


・・・


「なまえその顔」
「もう出ないって思ってたんだけど、泣けるもんなんだね、人間って」
「じゃなくて!」
「…玲名」


  朝1人で登校するなまえに気付いた八神は朝練が終わると教室へ飛んで来たのだ。そしてへらへらと笑うなまえの軽く腫れた頬に気づき顔を歪ませた。「大丈夫だよ」と言って見るが彼女は聞いてはくれない。顔を歪める八神を見てもっと上手く登校してくれば良かったか、と思ったと同時になまえは親友に対して恐ろしく申し訳ない気持ちで一杯になった。

  乾いた音が、未だ耳を支配する。昨日呆然とするなまえに一発かましていったのは、涼野の取り巻きの女子だった。それを横目で見た涼野も止める様子は一切なく、叩かれた頬を押さえながら涼野の背中を呆然と眺める事しか出来なかった。クスクス、と嘲笑うように小さく笑う声が聞こえてなまえは思わずその声の主と目を合わせるが、昨日の光景を鮮明に思い出しすぐに視線を逸らした。


「あいつらっ…!」


  それに気づいた八神は殴り掛かろうと腕まくりをする。慌ててそれを止める拳を握り締め「なんで、」と悔しそうに声を漏らした。こんなに親身になって心配してくれる人がいるだけで十分だ、となまえは再び目を潤ませた。


  涼野の周りには素手に取り巻きが作り上げた空間が出来上がっていた。終いには一日なまえが涼野と登校しないだけで「涼野くんのストーカーが止んだ」と近付かせまいと噂を流す。


そんなことしなくても、風介の重荷になっていることなのだから止めるのに。


  悲しいがそれが事実だった。なまえが涼野が寂しがっていると思い無理にでも側にいようと出した答えは間違っていた。
  無気力な彼女を心から心配するサッカー部のチームメートは味方だった。特に八神と組むことが多い基山はなまえとの接点も多かったからか、特に気にかけていた。八神と二人だった帰り道も心配だからと基山も一緒に帰るようになったのだ。八神と別れた後も家まで送ってくれる紳士的な基山に恥ずかしさはあったが、それを断るほどなまえのメンタルに余裕は無かった。涼野と歩いていた道を基山と歩くのは新鮮だった。「マネージャー、辞めた方がいいかな」と弱音を吐いたが基山はそれを必死で止めた。


「風介のためになまえが犠牲になることは間違ってる」
「…」
「なまえはサッカー、好きだろ」


  頷いたなまえに、優しい笑顔を浮かべれば「じゃあ、答えはもう決まっているね」と背中を押す。基山はなまえを救いたかった。取り巻きにストーカーと呼ばれている事も納得がいかなかった。八神と基山がなまえと一緒にいる事で徐々に噂も落ち着いていたが、心の傷は深いようだった。


  はたまた部活もまた嫌な雰囲気ばかりが漂い、以前の活気は感じられない。それでも少しずつ回復をしているような気もしたが、涼野の調子は未だ戻らなかった。焦りから何度も何度も練習を重ねるが、調子は明らかに悪い方向へと向かっていた。


  季節は変わり目、次の試合のスタメンが決まる。少なからず部員は緊張感を醸し出している。レギュラーを勝ち取っていた基山をはじめ南雲や涼野もその一人だった。学年が変わり、代替わりであるからこそ油断は出来ない。なまえもまた緊張していた。「メンバーを発表する」とミーティングで瞳子が読み上げる名前はメンバーが大きく変わるだろうと予想していたが、基山、南雲、涼野の3トップで仕掛けていく試合展開はきっと誰もが変わらないと思っていただろう。瞳子が名前を読み上げ終わると、なまえは口に手を当てて驚き、周りのメンバーも驚きを隠せずどよめきが起きる。

  練習開始と瞳子が手を叩くが、誰もが微動だにしない。未だ整列したままのメンバーを見るとなまえは心臓が毟られるように痛かった。会議のため瞳子が校舎に戻っていくと唇を噛み締めた南雲は口を開いた。
「お前が、ずっと余計な事考えてるから、!」
「…黙れ」
「…っだからベンチなんだよ、風介!」


  ぐっと悔しそうに拳を握り、風介の反応を見てか一人でグラウンドに向かった。1人また1人と続いて練習を始めていくが、涼野は未だ俯いたままだった。涼野はレギュラーメンバーに入らなかった。誰もが驚き、不安になった。これで本当に勝てるのかと。しかし瞳子ふ涼野の調子が悪いこと、最近それが悪化していること、全て見抜いていた。なまえは動きそうになる体をぐっと押さえて、涼野から目を反らした。


涼野となまえが離れて一ヶ月後の事だった。


「なまえ帰るぞ」
「うん、みんなまたね」
「じゃあ、俺も」
「…またかヒロト、」


  八神に声をかけらたなまえを見て、基山も一緒に歩いて行く。涼野は部活中一人でシュートを打ち続け未だ部室にも戻って来なかった。その証拠にグラウンドを通ると未だ一人ゴール相手にボールを蹴り続けていた。冷静沈着である涼野が泥だらけでボールを追いかける姿に、なまえだけでなく八神も基山も胸を痛ませていた。額から流れる汗を拭う仕種に、なまえは我慢出来ず一歩グラウンドに近づいた。その音に気付いた涼野はなまえと久しぶりに目を合わせる。「何故ここに居るんだ」と言いたげな表情を汲み取りなまえはその場を後にしようとする。背を向けたなまえの後ろに基山が居る事に気付くと不機嫌そうにそっぽを向いた。
  気付きたく無かった、と涼野は思った。ただでさえレギュラー落ちしたのにも関わらず(突き放したのは自分とはいえ)自分の幼馴染に近づく基山が何故か嫌だった。それでも涼野は気づいて居ないふりをする。なまえがどうなろうと、基山を選ぼうと、関係ないと思い込ませて居た。

  八神と別れた後、基山の隣を歩き始めるがなまえは涼野が気になって仕方がない様子だった。それに気付いていた基山はなまえの家の前でそっと背中を押す。


「あの風介はなまえちゃんしか助けられないんじゃないかな」
「…え?」
「本当は嫌だけどね」


  頭をぐしゃっと撫でた基山は「もう遅いからすぐ寝るんだよ」と素敵な笑顔を見せた。
  助けられない、ってどういう事だろう。なまえはお風呂で逆上せそうになるほど基山の言葉を何度も考えていた。


ずっと風介の側にいたから、悔しくて堪らなかった。次の試合、少しでもグラウンドに立ってほしい。…ちゃんと明日話をしてみよう。


  そう意気込み、なまえの母親に明日の部活の時間を話そうとリビングに向かうとなまえの母親は携帯を片手に誰かと話して居るようだった。なまえの存在に気付くと慌てて「風介くんまだ部活?!」と問いかけた。


「もう、とっくに終わってるけど」
「まだ戻ってないらしいの、何処かで練習してるのかしら…」
「ごめん、ちょっと出掛けてくる」


  制止する声を無視して、なまえは部活のジャージに着替え、自転車に乗り込んだ。全速力で漕げばすぐに息が上がる。グラウンドといえば、近くの河川敷。ボールの弾む音、鋭くゴールを突き抜ける音、ゴールのフレームに当たる音、そして息遣い。その音は鳴りやまなかった。やはり此処だった。必殺技を練習するとなれば学校ではなくここのグラウンドだからだ。

  自転車を降りたなまえはその主に向かって走り出す。シュートを打った瞬間だった。フレームに勢いよく当たったボールはなまえの元へと鋭く跳ね返る。


「危ない!」


  そう誰かが叫んだ声がなまえの耳を支配した。跳ね返ったボールはなまえを直撃し簡単に飛ばされた。擦りむいてよろよろと立ち上がるとそこには先程よりも泥だらけで弱々しい涼野が立ち尽くしていた。


「風介、」


  そう呼ぶけれど彼の視線は、すぐに目の前のゴールへと向けられた。ボールを目の前に置いて助走をつける。その瞬間なまえは飛び出しボールの前に立ちはだかった。


「邪魔だ」


  声は震えていた、静かに首を振ると一層強く邪魔だと、叫んだ。そんな涼野の他所になまえは散らばるボールを集めてカゴに入れ始める。しばらく呆然としていた涼野だったがなまえの腕を掴み、凍てつくような視線を向けた。

「邪魔だと言ってるだろう!」
「こんな状態で練習したって上手くなんてならない!苦しいサッカーなんて意味ないよ!」


  そう言い切るとなまえの目からはボロボロと涙が零れた。拭っても拭っても止める術を知らないようにとめどなく溢れた。しばらくして掴まれた腕が少しずつ解放されていく。涼野も俯いて震えていた。泥がついた涼野の顔にゆっくりと手を伸ばすとなまえの指に冷たい雫が伝った。自分の涙を拭う事も忘れて、精一杯背伸びをして無我夢中に涼野を抱きしめた。擦りむいて痛い肘だとか膝だとかもうどうでもよかったのだ。涼野の悔しさに比べたらどうでもいい、と思ってしまうほど。

  銀色に近いその髪をそっと撫でると、それが合図かのように涼野もなまえの背中に手を回した。


「わたしサッカーしてる風介が1番好きだよ」


  やっと触れることが出来た、昔からずっと変わらない気持ちを伝えるとなまえを抱きしめる腕が一層強くなった。


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