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君と他の誰かの幸せを祈る


  何度羨ましいと言われたか。一番になれそうでどう足掻いても叶わないのにも関わらず何が羨ましいのだろうか?同じ日常の繰り返しに幾度の不安を感じていた。こんな単調な日常なんか崩してほしい。諦めるきっかけが欲しいと思いつつも、誰にも何処かではその場所を譲りたくなかった。幼いころおもちゃを取られたくなかったように今も駄々をこねているように見えるのかな。


  中学を卒業して周りのほとんどがエスカレーター式に高校に入学し、中学の頃と少しだけ違うリズムも漸く慣れて来た6月。なまえの朝は部員より少しだけ遅く、寝坊した日は何処かの漫画のようにパンを片手に家を出ていく。重い鞄を交互にかけながら学校までの道のりを走り抜けると、漸く流れるようなスカイブルーの髪の男の子を見付けてなまえは叫んだ。


「風介!」


  その声に反応して振り返る風介、と呼ばれた少年はまたお前かとでも言うようになまえ軽く睨み付ける。肩で息をしながら途切れ途切れになりながらも「おはよう」と言うと呆れたように少年は凍てつくオーラを醸し出した。


「いつも騒がしい、もう少し大人しく出来ないのか」


  そうは言ってもなまえが自然と隣を歩いて行く事に何も言わない。涼野風介は呆れたような表情をしても幼馴染のなまえには何だかんだ甘く、小言を吐くが一度もなまえを振り払ったりはしない。小言に対して「一緒に行きたいんだもん」と呟いたなまえの独り言は涼野に伝わる事はなかった。涼野は冷たい雰囲気を身に纏っているが一緒にいるだけで暖かくなる不思議な安心感があった。


  二人が兄弟のように育ってきた環境は少なからず変わってしまっていた。なまえと涼野の両親は仲が良く幼い頃はよく一緒に遊んだものだ。しかし涼野が中学の頃からサッカーを本格的に始めた頃、なまえと過ごす時間は確実に少なくなった。そんな時友達の玲名がサッカー部に入部したのをきっかけになまえ追いかけるようにサッカー部のマネージャーとして入部した。その事を知った涼野はの呆れる事を通り越して唖然としていた。涼野は涼野で自分のせいでなまえの部活まで決めさせてしまった事に申し訳なさを感じていた。しかし「風介のママ!サッカーをしている風介は最高にかっこいいんだよ!わたしにもノーザンインパクトをぶつけてほしいの!」と涼野の母親に言った言葉でそんな気持ちは無くなった。なまえはなまえでサッカーを楽しんでくれている、自分を応援してくれている、と一層サッカーに励むようになった。ノーザンインパクトをぶつけてほしいという言葉には嘸かし呆れたが。しかし同じ部活、同じ目標に向かって頑張っているチームメイトであれど思春期真っ盛りな二人の会話は格段に減っていた。


「なまえ本当に風介くんが大好きね」


  それは分かっていた。涼野はサッカーの才能があった。サッカーも世界的なブームとなりサッカーという種目自体も注目されている世の中。幼馴染だった涼野は雲の上の存在となってしまった。しかしマネージャーとして支えるようになってからサッカーをしている涼野の見た事がない表情を見る度どうしようもない想いに気付かされる。なまえは涼野風介のことが好きだったのだ。涼野からは女の子扱いを受けている気がしないと何度嘆いた事だろう。ベクトルが一方通行でも今の環境が十分幸せだと思っていた。


・・・


  高校生になるとチームも変わりそしてなにより後輩という立場からのスタートは、今迄通りとはいかなくなった。マネージャーのなまえはもちろんグラウンド整理は率先してやらなければならず、涼野達一年生も練習ができる時間も限られている。才能があるとはいえ涼野も表には出さないけれど焦っているような気がしていた。


  中学のチームメイトである、基山ヒロトや南雲晴矢も高校でも同じチームメイトであった。特に南雲とは中学時代からライバル関係であったからか、たまたま晴矢のチームに負けた風介は見たこともない程荒れていた。なまえのその予感は的中する。一年生ながらレギュラーに入る事はどれだけ難しい事だろう。それは涼野以外にも同じことが言えるだろうが。タオルを肩にかけてベンチでうなだれる涼野の隣になまえドリンクをそっと置いた。試合中でもなく周りを凍らせてしまうような雰囲気に誰も近いては来ない。


  励ます事はなまえの役目じゃない。南雲が側に寄ったのを見てなまえは部室へと戻る。(何だかんだライバルながらずっと一緒にサッカーをしているからお互いを認め合っているんだなぁ)なまえはそんな事を思いながらレベルの上がった環境でサッカーをする涼野を応援して行く事に熱が入る。


  そして夏。涼野、南雲そして中学の頃キャプテンであった基山はレギュラー入りを果たし、八神玲名を含む中学の頃のレギュラーメンバーもベンチ入りを果たした。


  そんな環境で生き生きとサッカーをする涼野見て、全力でサッカーに打ち込めるような環境にしたいと強く思っていた。ドリンクでもタオルでも涼野が使いやすいように絶妙のタイミングで。なまえもまた努力を惜しまなかった。対戦校のデータを集め少しでも力になれればと、全ての試合を見に行った。その甲斐あってなまえは瞳子監督にも指示がしやすいと褒められ、なまえの考案した必殺タクティクスを生み出すことも出来た。今もなおその時の涼野表情が忘れられない、息も上がって身体中がボロボロなのに嬉しそうに笑顔を浮かべる。


  この笑顔を守りたい、となまえはそう思った。


・・・


「そんなの辛くないか」


  なまえと八神は部活終わりに近くのファミレスに寄り道していた。八神は涼野との関係について問いかけた所「風介が幸せならわたしも幸せ」というような綺麗事を聞かされたのだ。なまえの理解者である八神も流石に眉をひそめ、なまえを諭すようにもう一度考えてみろ、と伝える。


「辛くなんてないよ、マネージャーすごく楽しいし、それが風介のためになってるなんて良いことこの上ない」


  なまえは焦ったように早口でそう答える。そうじゃなくて、と八神小さく言葉を零すがなまえ本人も認めたく無かったのだ。無理矢理話を反らしてしてしまおうと「明日の練習なんだけど、」と目線をそらしてしまえば少しだけ罪悪感を感じる。


  悲しくなんてない、風介の近くに居ることができて大好きなサッカーをしている風介を近くで応援できるし。ただそれだけなのに、どうして全て分かってしまうのだろう。


  俯いたなまえに八神が気付くと辛そうに顔を歪めた。


「なまえが部活にいてくれて嬉しい、けど」


  八神の言葉を聞きたくないなまえは視線を外へと移す。学校の近くだからか同じ制服を纏った生徒の姿が何人も確認できる。ふとその中に涼野の姿を見付けて「風介だ、」となまえは嬉しそうな声を漏らした。


  一瞬顔が綻ぶがそれは直ぐに消える。昔なまえが繋いでいた手を握ったのは噂の美人な女の子。


  一年生でサッカー部のレギュラーを獲得した風介の有名っぷりは凄かった。特に高校二年上がった始めのころは基山を筆頭にもはやアイドル並みの人気であった。その中で最近涼野が付き合い始めたのは学校でも可愛いと有名な女の子であった。それを知ったなまえは目の前が真っ暗になるようで、何度も何度も下手な笑顔を作った。サッカー部では泣くまいと下手くそな笑顔で支え続けた。


風介の隣が私わたしじゃ務まらないのに、それでも離れたくなかった。


  なまえは何度も八神にそう言った。依存しているといえばそうだろう。涼野に「離れろ」と言われたことはなし。ましてや周りにブーイングも受けたことも無い。おそらく周りには仲の良い幼馴染として映っているのであろう。人気を博した涼野の幼馴染が格好の的であると思っていたが、面白い程何も無かった。なまえの気持ちは八神しかしらないからこそ、辛そうななまえ放っておけないのだ。八神はなまえの視線を無理矢理自分に向け、外を見せないように声を上げた。


「何度こう泣くことを我慢するんだ」
「…なんで、諦められないんだろう」


  酷い顔だ、と八神は思った。なまえはマネージャーとして顔を合わせる事が辛いのに、涼野と唯一同じ舞台に立つ事が出来ている事が嬉しいのかもしれない。恐らくマネージャーである事が涼野の重荷になるなら静かに辞めて行くだろう。


  しかしなまえは少なからず感じていた。涼野の行動はなまえに対して感謝してくれている事が見て取れるからこそどうしようもない。側にいる事を望んでいる、そこに特別な感情なんてないと思っていた。しかし涼野の手を握る女の子を見るなまえの感情はどす黒いものだったのだ。


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