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すっごくずるい話をするよ

  レジェンドジャパンの試合を間近に控えた頃、わたし達の仕事も忙しさを増していた。彼の報道が出て数週間、落ち着いたようにも見られたがサッカーが社会現象となる現在、情報の流れ方も尋常では無かった。どこに行ってもレジェンドジャパンの特集にわたしの心は休まる事が無かった。今も日本代表で活躍するかつてのメンバーはメディアにも多く取り上げられていたが、吉良社長は報道があったアイドルについて『良い友人』だと一言答えたらしい。アイドルは記者会見を開き彼との事を謝罪していたのだが「付き合っているように思える」とネット上で騒がれていた。


「吉良ヒロトも怪しい言い方するよね」
「アイドルだから事務所が〜とかありそうだし」
「でも前から一般の人と付き合ってるって噂あったよね」
「二股?でも私ならアイドルの方行っちゃうわ〜」


  あはは!と笑い声が響いた。電車に揺られて聞こえた女子高生の噂話は、あまりにも共感出来た内容で思わず首を縦に振りそうになる。二股じゃないから安心してくれ、と心の中で伝える。まあどう考えてもわたしよりアイドルの方が何百倍も可愛らしいし性格も良いだろうし、比べる時間も勿体ない。これはレジェンドジャパン戦の取材は大変そうだなぁ、と人ごとのように考えていた。彼は有名になり過ぎたのだ。この熱愛報道で悔しくもわたしは吹っ切れる事が出来たのだろうか。涙が溢れてしまいそうになるが前よりも冷静に彼の話を聞く事が出来ていた。


・・・


『二股疑惑?噂の一般女性に突撃!』
『彼とは一切関係ありません、そう言い切る一般女性との真実』

ーーーー関係があったのは恐らく事実だが、頑なに頷かなかったのは理由があるからだろうか。しかし二股はほぼ確定と捉えていいだろう。


  目が点になる、という状況はまさにこの事だ。記事に腰が抜けそうになった。出勤後机の上に置かれていたのは先日の商談の大会広告の雑誌であった。完成したんだ、と何気なく手に取るが『吉良社長二股疑惑』という雑誌の見出しに体を乗り出した。素晴らしい大会の告知ページをすっ飛ばしてその吉良ヒロトの記事に目を通していた。


  目が飛び出しそうになったのは昔スクープされた時の写真が載っていたからだ。


  何度見ても顔こそ修正が入っているが、わたしの写真である。詳しく言えばこの写真を雑誌で見るのは二度目であり、同棲していた時の写真だった。彼と手を繋いで歩いている写真はさぞ仲が良さそうに撮れている。文章には仲良く手を繋いで歩いて行ったと記載されていた。既視感のある写真を見てそのまま座り込み、胃の中のものが全て出てきそうになった。雑誌を元の位置に戻し、早歩きでトイレに向かう。震えが止まらない。この写真を見たのはかなり前の話だ。そう吉良ヒロトは選手だった頃、一度だけ一般女性、つまりわたしと付き合っていることをスクープされた事があるのだ。


『なまえちゃん、巻き込んでしまってごめん』
『気にしないよ、そんな顔しないで』
『これから外に出るときは気をつける。こんな、君まで一生残ってしまう写真を撮られてしまって』
『わたしも、軽率に外に出ることは控えるね』
『ああ、でもなまえちゃんは悪くない、俺が、俺が悪い』


  当時の事はよく覚えている。記事を見た後、ソファに座った彼は俯いた顔を上げて眉間にしわを寄せる。そして声を震わせて謝り続けた。あの彼の表情は今も忘れられない。情けないのはわたしの方なのに彼の表情を見たら何も言えなかった。平気なふりをするしか無かったのだ。

  彼は人気選手だ。もちろん上から数えた方が早いだろう。彼はわたしを気遣い巻き込んだと酷く心を痛めていた。(と思う)そのスクープによって彼の重荷となった。何よりわたしを優先してくれたというのにわたしは彼を気遣う事が出来なかったというわけだ。思い出すだけでも反吐が出そうになる。わたしは別れてもなお彼に迷惑しかかけることが出来ないというのに。


「吉良ヒロトの記事と相乗効果がありそうだな」
「…」
「訂正なしでいいか?」
「…あ、の!」


  上司がその雑誌に目を通し確認が終わるや否や、失礼だと思いながらも上司の言葉を止める。


「そのご連絡、わたしの方から電話させて頂いても良いですか…?」


・・・


  外に出て会社の連絡用携帯から先日の出版社に電話をかける。機械音に心臓が飛び出してしまいそうな程緊張していた。「お世話になっております」と声をかけて先日の男性の名前を告げると直ぐに繋がり、思い出したくない声が耳に入る。


「先日はありがとうございます、告知ページは訂正なしで、お願いします」
『ありがとうございます!ではそのままOK出しますね』
「あの、あれは…」
『何か問題でも』
「一切、関係ないとお伝えした筈…です」
『あなたの名前は一切記載がありませんが?何か心当たりでも?』


  カマをかけられたような答えにわたしは何も言えなかった。


『訂正、なしですよね?』


  はい、と答えるしかなく虚しく切られた電子音に唇を噛み締めた。


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