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言いたいこと忘れちゃった

  あの日の彼の言葉を変に納得していた。


  休み明けの仕事は怠いものだ。こんなテンションで会社に行ったものだから、頭は回転せず仕事が進まない一日だった。珍しい、と言われたが集中していない自分が悪いので自業自得である。しかし忙しい、フットボールフロンティアが終わり落ち着いたと思いきや次は世界大会だ。サッカーの協会のグループ会社に勤めるわたしたちに今のところ休みはない。


「吉良社長もやることしっかりやってるねーアイドルかー」
「そうだねー」
「こりゃまた当時の試合の写真とか探す事になるかな」
「ねー」
「…おーい、生きてる?」
「生きてない…」


  はは、と同僚の苦笑いとともに机に寝そべる。休憩時間中、再び昨日のニュースが流れたことにより唯一この会社で吉良社長とわたしが付き合っていたことを知る同僚は、笑いを取ろうとわたしを煽るのだが。それすらも脳で咀嚼できない程精神的に参っているようだ。テレビで熱愛と聞いて表示されていた名前は、誰もが知るような国民的なアイドルの可愛い女の子だった。今日寝起きの顔を鏡で見てみればそりゃあもう雲泥の差なわけで。「わたし本当にこの人と付き合ってたのかな」なんてあの頃は夢だったのではないか、そう思えてくる。


「…合コン行く?」


  突然の言葉にふ、と笑いをこぼすと彼女は悪い顔をして笑っていた。別れた時もすぐに合コンへ誘ってくれたのも彼女である。わたしが落ち込んでる時の扱い方に慣れているのだろう。しかし今そのメンタルへの心配は仕事の内容についても及んでいた。


「次の担当試合、新生イナズマジャパンとジェンドジャパンの試合じゃん」
「うん」
「だから嫌でも資料で吉良ヒロトの名前を見るから逃げられないよね…」
「それわたしですらよく見かける」


  やっぱり?とお互い呆れたように笑えば仕事の愚痴が始まる。元サッカー選手ではあるが、一流選手であった彼とイナズマジャパンのメンバーが揃うなんてとんでもないのだ。特に前回は大変な事故となった試合、今回はファンの期待に応え二度目の開催である。そして前回以上にメディアも盛り上がっている。これは時間が解決、ではなく試合が終わるまで報道は収まらないだろう。益々よく平気な顔で吉良ヒロトと一緒に居たものだ、と思う。


「合コン行きたい」


  できるだけ早く、彼を忘れて新しい恋をしたかった。


・・・


「はい?」
「次の試合の訴求の件でみょうじさんに話があるって」
「わたしですか?」


  休憩後の事だった。担当の仕事に戻ると不思議な話を貰ったのだ。次の大仕事についての大事な訴求の話が回ってくる事なんてあるはずがないのに。確かに次の試合の訴求を担当することもあるが直接呼ばれるのは初めてだった。重い腰をあげて応接室に足を進めるがどこかの雑誌の方だろうか、自分の作った資料の件だろうか、と今までこなしてきた仕事の内容に不備があったかと不安になるが、それは見当たらない。うーん、と唸りながら応接室へ足を踏み入れると、ソファに座っていた男性がわたしを発見するなり目を輝かせた。


「みょうじなまえさんですか?」


  条件反射ではい、と声に出せば深くお辞儀をされた。社交辞令でお待たせいたしました、とお伝えする。そして担当していた広告の仕事の件について相談が始まるが、全て有り難いお話ばかりである。男性の担当する雑誌の一面をレジェンドジャパン戦のデザイン記事を使用して頂けるとのことで、わたしは「是非」と深々と頭を下げる。


「もう一つ、この話を踏まえてお話があります」
「はい、何でしょうか」
「吉良社長との件を掲載させて頂きたく、お話をお聞きしたいのですが」
「…え?」
「もちろんタダでとは言いません、その代わりとは何ですが掲載ページはより増やせますし、さらにーーーーーー」


  ペラペラと話し出す男性の顔が歪んでいく。気付いた頃には男性は身を乗り出すようにして、目を輝かせていた。額から汗が垂れるような感覚を感じ、わたしは思わず目を伏せる。目の前の男性の口角がつり上がった瞬間、何か言わなければ、と慌てて立ち上がってしまったのだ。「あ、」と目の前の男性と目が合い、思わずごくりと喉を鳴らした。


「なんのことでしょうか、」
「あなたが吉良社長の、二股のお相手だと伺っております」


  二股、という言葉を強調した男性は口元を釣り上げる。なんだ、愛人とでも言いたいのだろう。この大事な試合の前に吉良社長のスキャンダルでも掲げれば雑誌は馬鹿売れだ。わたしは愛人だったのかもしれない、彼は好きな人がいたのだ、と思えば言葉を発することが出来なかった。


「き、吉良社長とは一切面識はありません」


  大きく息を吸い込んでそう伝えると、男性は再び口元を釣り上げて「そうですか」とわたしに声をかける。商談が終わり速やかに上司に連絡をして男性を見送ると、話の内容について上司に聞かれたが、「広告のスペースの話でした」と曖昧に答えた。

  机に戻っても動機は収まらない。恐らく『あの話』が本題だったのだろう。また記事になるのだろうか、わたしの噂のせいで今の彼の幸せが崩れてしまう事が1番怖い。頭の中で彼のためにはどうするのが1番か、と考えるがどうする事も出来ないのだ。


…面識がない、か。


  あの取り乱し方で納得してくれるのだろうか、いつもいつもわたしは彼の重荷になってばかりだった。できる事なら最初からなかった事にしたい、わたし達は会ったことがない、彼に迷惑をかける事はもうしたくない。あの過去なんてわたしを縛るばかりだ。


  思い出したくないのに、都合の良い思い出ばかりが溢れる。


・・・


  仕事帰り、足枷が付いたような重い足取りだった。「吉良社長の件で」男性の言葉は、わたしに彼とかつて関係があった事を思い出させる事など容易かったからだ。


『なまえ何かあった?』
『え、ううん、何も…』
『ほら、我慢すると良くないよ』


  何か不安だった時や、仕事でミスをした時、ぼんやりと料理をするわたしの隣に立って頭をポン、と優しく撫でる。吉良ヒロトという人間は、いつも自分を二の次に考えていた。仕事で疲れているのにも関わらず、わたしの心配をしていた。


「ああもう!」


  カバンから闇雲にイヤホンを取り出そうとするが生憎カバンの底に追いやられてしまったのか、中々顔を出してくれない。こうしている間にも思い出が溢れて、どんどん惨めになっていくというのに。


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