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ナゾの固体


  愛と恋の違いを述べなさい。中学の国語の時間で先生が問い掛けた問題だった。わたし達はなんだその問題と、大笑いしたような記憶がある。その時の結論としては恋を育てて愛になる、だとかいろいろ。お前くさすぎるよ、と答えたクラスメイトに対してわたし達は笑っていた。恋は初で柔らかい感じがするけれど、愛というのは何かが違う、問いの意味はこういう事だろう。わたしは恋に恋しているような状態なんだろうか、中学の頃から何年も経った今でも答えが曖昧な謎であった。


「高校生の初めの方でヒロトに告白してくれた女の子覚えてる?」
「多分わかると思うけど」
「あの子と今日会って話したんだけどね、彼氏がいるんだって」
「…うんそれで?」
「その彼氏がまたイケメンでさ、喧嘩ばっかりとは言ってもラブラブなんだなーって思って」
「オレよりも?」


  否定はしないけどね、とわたしが笑うとヒロトは興味なさそうにへぇと答えた。少しだけずきんと何処かが痛んだ。今でもサッカーで忙しいヒロトと会う時間を取るのはかなり難しいし、最近は家で二人居る時間さえあまり無くなってきた。喧嘩ばっかりだから、もう嫌になるよと言っていた友達を思い出すと面白いくらい冷めていく。どうせ喧嘩ばっかりでもお互いチュッチュしてて溺愛してるんだろと嫉妬してしまった。プリクラを強引に見せられて、彼氏がまたイケメンときた、冗談でいやいやわたしの彼氏だって負けてないよ?とでも言おうとしたが「なまえはまだ基山くんと付き合ってるの?」と言われた事で随分胸糞悪い思いをした。高校の頃、ヒロトの事で愚痴られた事を思い出すとまだ幼いなあと思ったりもする。まあこれで腹を立てるわたしも幼いと思うけれど。


  そんなわたし達は今一緒に住んでいたりするが、実際わたしが一方的な不安を抱える時期に入っているのではないかと思う。わたしはぞっこんとは言いたくないけれど自慢の彼氏だと思っている。何かすることなくのんびりする時間も嫌いじゃないけれど、あまり会えないのだからもう少しアクティブに外に出かけたいと思う。でも疲れているヒロトを連れ回す事は出来ない。そんなこんなでヒロトはもう忙しさを理由に、わたしから離れてしまう事を何度考えたんだろう。ヒロトが帰って来るのは遅い時間だったり、酷い時には日が進んでからなんてのも有り得る。合宿か何かで長い間帰って来ない時もあるしまた突然早く帰って来たりする。今日なんか夕方にすっぴんでスウェットを着てソファーで横になっていたら、「ただいま」と玄関が開かれる音がした。その瞬間わたしは跳びはねるほど驚いて、何を叫んでいるか全くわからなかった。ヒロトが入って来るのを必死に抑えて、部屋も散らかし放題で狂ったように掃除し最低限着替えた。こんなようにわたしはずぼらであるし、ヒロトが呆れてしまう要素ばかり持っていると思う。


「なまえ疲れてるね」
「そんなヒロトに比べたら疲れてないよ」
「オレ明日早いからもう寝るけど、ちゃんと寝るんだよ」


  食器を片付ける音とヒロトの声が重なった。ヒロトは心配そうにわたしを見てベッドに入り込む、しばらくして幼い子供のよう丸くなり小さく寝息をたるヒロトを見て、ずきんと何処かが痛んだ。電気を消してわたしもベッドに入るけれど、見えるのはヒロトの背中だった。筋肉質な細い体、ピタリと背中に顔をくっつけると、ヒロトのゴツゴツした骨にぶつかった。わたしに背を向けている間ヒロトは何を思っているんだろう。わたしはその背中に隠れて少し泣いた。


・・・


  そういえばヒロトと付き合ってもう随分な時間が経つんだなあと、彼のいない空間で思った。FFIの時はヒロトを追っかけて試合を見に行ったり、あの頃からわたしはヒロト一筋で生きてきている。溺愛ってきっとこういう事、普段はあまり態度とか口には出さないけど頭の中ではヒロトばっかり。わたしって本当に馬鹿だなあと思っていると「この書類お願い」という上司の一言でわたしは我に返った。大きく返事をするとわたしはコピーへと向かう。今日のご飯は時間があったら頑張ってみよう。ヒロトが疲れて帰ってくるなら晩御飯ぐらい頑張ろうか。


  近くのスーパーに向い冷蔵庫の中の物を思い出しながら、カゴに食材を入れていく。ヒロトはどんなものが好きだったかな、とヒロトが喜んでくれる姿ばかり思い浮かべていたから、わたしは携帯に来ていたメールを見た瞬間、袋を落としてしまいそうになった。


『今日はチームでご飯食べに行くから遅くなります』


  いつもの連絡だったけれど今日に限ってこんなもの。すぐに返信をするメールも返信せず携帯をしまった。タイミングが悪い、とため息をついて家に帰りわたしは料理をする気も失せてしまった。わたしはカップラーメンを棚から取り出すと、一人でテレビを見ながら食べ出す。久しぶりに今日はヒロトがいないからどうでもいいや、極力だらし無い所を見せずに生活してきたことは見事に吹っ切れたように思えた。どうせヒロトはわたしがだらし無い事なんか知っているはずだけど、今更でも釣り合う女の子になりたかった。近くにいるからこそ、頑張っていることも知ってもらいたくて。わかってもらいたいという思いだけが空回りして独りぼっちのような錯覚さえ覚える。


「ヒロトのばかー…」


  近くあったクッションを殴りつける。でも遅く帰る事はしても朝帰る事はないし、遅くなる時は必ず連絡をくれる。寂しくは思うけれどそれだけで温かくなるんだ。わたしは気持ちを切り替えてヒロトの分のアイスも買おうと、気分転換にわたしはアイスを買いにコンビニへと出かけた。


・・・


「ヒロトさん歩けてないじゃないですか、諦めてみんなの所戻りましょうよ!」
「大ー丈夫だよー、気にしないで、…」
「気持ち悪いんですか?ちょ、座って下さい、っ」


  大きいコンビニの方が種類があるだろうと呑気に駅の近くまで歩いた結果がこれだった。わたしは雑誌に夢中になって、しばらくの間コンビニに居座っていた。気付いたら12時近くを指しており慌ててアイスを買って飛び出して来たのだった。駅の近くの居酒屋から出て来たのか、自分の足で歩けていないヒロトとマネージャーらしき女の子。沸々とヒロトに対して醜い感情がわたしを渦巻いた。食事という飲み会だったのだ。


  所詮男と女、ヒロトの体重が女の子の方へ傾いていくとその場に二人は崩れ落ちた。ただヒロトに対して何でこんなになるまで飲んで、心配までかけるんだと怒りのようなものが沸き上がる。そして今の体勢、きっと何も覚えてないとか言うんだろうけど。


「戻りましょう、ヒロトさん…」


  ヒロトの手が女の子の首に回った瞬間女の子は慌てたようにその手を離そうとする。プチン、とわたしの中で糸のような物が切れる音がした。


「ヒロトが本当に迷惑かけてごめんなさい」


  わたしは困り果てて泣きそうな顔をした女の子に大きく謝った。


・・・


  それから変わってヒロトはわたしにべったりとくっついて歩き始める。ヒロトにとってわたしは何?わたしは急に疑問を抱きはじめた。初めてヒロトが酔っ払った場面を見たものだから気が動転しているのかな。毎回一方的に女の子にいちゃついているのかと思うと、本当に必要とされているのかとも考えてしまった。飲み会場所でオールすれば良かったのだろうか、もしくは路上で放置するか。でもヒロトは所々でうずくまりながらも足を止める事は無かった。相当な時間が経ちながらもヒロトは無意識なのか家までの道を間違える事なくふらふらと歩き続ける。わたし達の間に会話は無かった、ただ「大丈夫?」「うん」のような返事が幾つも続いた。漸く家に着くとヒロトは壁沿いに歩いて、わたしがいつも座っているソファーへと倒れ込んだ。アイスを冷蔵庫に入れるのも忘れてそれらを乱暴に机に置き、ヒロトに駆け寄る。わたしがいつも使っているクッションを抱きしめながらヒロトは呟いていた。


「遅くなってごめんなさい、なまえ、怒ってる?オレさ、どうしても帰りたくて、抜け出して来たんだ、ごめんね」


  ごめんね、何度も呟くヒロトは弱々しくてわたしはヒロトの赤い髪を優しく撫でた。しばらくすると小さく寝息を起てて寝ていた。お酒のせいでほんのり赤くなっているヒロトの顔を見て、幼い子供を看病でもしているような気持ちになった。重苦しかった物が消えて、少しだけ温かくなった。


・・・


  ガバッとヒロトがソファーから起きたと思えば、勢いよくトイレに駆け込んでいた。わたしはソファーに寄り掛かりながら寝ていたせいか、起き上がった際にヒロトの足がわたしの頭にクリティカルヒットした。二日酔いだなと思うと苦しそうな声がトイレから聞こえる。戻ってきたヒロトに水を渡すと目を丸くさせた。


「あれなまえ?」


  まるで昨日の事を全く覚えていないとでも言うように、慌てた素振りを見せる。昨日の事を伝えると全く記憶がないとヒロトは自分でも青ざめていた。わたしは機嫌を悪くして「やっぱりヒロトって女たらしだよね」と言うとヒロトはしゅんと眉を下げた。「わたしの事本当に、好きなの?」小さな声で問うとヒロトは顔を上げてはっきりと好きだよと言った。


「それは、likeで?loveで?」


  わけが分からない、とでも言うような顔をして、でもわたしが言った事に酷く焦ったような素振りをする。わたしがこんな事を聞くような事は、今までで一度もなかったからだ。わたし達はもう何年もうまくやってきたから大丈夫だ、そう思うことは安易すぎる事だった。俯いているわたしを見て何か感じ取ったのか机の上にあったコンビニの袋の中を漁りはじめた。昨日買ったアイスがどろどろに溶けて見るも無惨な形で入っていた、その中の一つを取り出すと袋の底にアイスだったものが溜まる。わたしは冷やす事を忘れていた事を後悔しつつも、ヒロトの可笑しい行動をじっと見つめていた。その袋を割いて勢いよくその液体を飲み干した。アイスの袋をごみ箱に入れるとヒロトはやはり不味そうに口を押さえる。「は…?!」ぽかん、と口を開けて驚いているわたしをよそ目に、ヒロトはふわりと笑った。そしてそっとわたしの体を寄せる。


「あんなものでも、おいしいって感じるんだよ」
「…味覚おかしいよ」
「うーん、例えばだけどどんなにまずい食べ物だってなまえと居ればね、おいしいって感じる」
「…な、なにそれ」
「家になまえが居るってわかってるから、帰りたいと思う、とかね」
「なんかよく分からないよ」
「だからね、これが愛してるって言うんじゃないかなって」


  その瞬間わたしの目には優しい顔で微笑むヒロトが映る、不覚にも視界が滲んできてしまいわたしはヒロトの胸に顔を埋めた。


「口の中が甘い…やっぱり、アイスはやっぱり冷たいのがおいしいけど」


  抱きしめながら笑うヒロトにわたしも笑みが零れた。わたしもアナタがいるだけで温かくなる。わたし達が一緒にいた時間は嘘なんかじゃない。


きっと、今すごく幸せだから。


11.0113