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ミルキーウェイがひかる


  好物は甘いもの。いつも持ち歩くお菓子は変わらず美味い。何時からか甘い物が一段と美味しく感じた。何時からか苦手だったミルクティーが好きになった。


「そんなにミルクティー好きなの?」


  出会ったのは高校2年頃だった。本を読んでいるかと思いきや大事そうにミルクティーを飲んでいる大人しそうな男の子。見てみればミルクティーを飲むことに必死で本のページはちっとも進んでいない。そんな毎日ミルクティーのパックを持って来る彼が気になって、わたしは思わず声をかけていた。


「これは私のだ」
「いやわかってるよ、頂戴なんて言わないし、ていうかわたしミルクティー苦手だし」


  わたしがそう言うとまるでコイツは人間だろうか?とでも言うような目をしていた。紅茶自体が苦手だっていう人だっている、しかし彼はミルクティーが世界を救う!レベルまでミルクティーを愛してしまっている人種なんだろう。教室の隅で本を読んでいるような彼と今のギャップにわたしは興味を持っていた。


「風介?アイツといるとミルクティー見るのも嫌になる」
「毎日持って来てるんでしょ、すごい執着だよね」
「お前と居ても甘いもの見たくなくなるけどな」
「わたしも甘党だからね」
「…あと風介のミルクティー少し飲むだけでまじ切れられるからな」
「ブッ!風介くん最高…!」
「洒落になんねえんだよ!…新しいの買わされたくなかったら風介のミルクティーには触らない事だな」


  新しい教室に南雲が居て盛大に笑った事を覚えている。それだけ仲が良かったという事だけれど、物静かな風介くんと明るくクラスの中心人物な南雲が仲良しな事に驚いた。ズレた風介くんの事を聞く毎日もまた楽しかったし、嫌がる南雲にお菓子を与える毎日も楽しかった。1年生の時は毎日南雲にお菓子を与え続け、南雲曰く冬のチョコの季節になるとわたしは南雲がチョコを見れなくなるくらい与えていたらしい。バレンタインの南雲はわたしのせいで貰ったチョコも食べれなかったという話を聞いた。可愛そうだけれどすごく面白かった。


「風介くんも甘いの好きなんじゃないの?」
「アイスとミルクティーはアイツのテリトリーだな」


  その話を聞いて風介くんもわたしと同じような甘党なんだろうなと思っていた。その翌日わたしは期間限定のお菓子を買って、教室の隅でぼーっとしている風介くんの前に差し出した。しばらく無表情でそのお菓子を見つめていたけれど、顔を上げた風介くんの目はキラキラと輝いていた。いつもの凍てつく闇のオーラはどうした。袋を開けてお菓子を一つ摘むと風介くんは「おお!」と小さく声を上げた。何処で買ったかとかパックを見せろだとかしばらく質問攻めに合い最後に風介くんはわたしにチョコを一つくれた。何故だか分からないけれどそれが飛び上がるほど嬉しくて、間違って食べてしまわないよう大事にポーチの中に入れた。風介くんは一匹狼と呼んでもいいだろう、南雲以外に笑顔を見せている姿を見た事がないし、なにより近付き難い雰囲気であった事も確かだ。けれど一旦踏み入れてしまえば風介くんとの空気は心地好いものだった。気が付けばわたしの携帯には『涼野風介』というメモリーが増え、風介と呼ぶようになっていた。


「パンケーキは好きか」


  ある日突然風介が珍しくわたしの肩を叩き隣の南雲も目を丸くした。


「だっ大好き!」


  慌ててそう言うと、風介の目がぐにゃりと揺れ近くの机を勢いよく叩いた。同じくキラキラとした瞳を見せる風介には隅で本を呼んでいるような雰囲気は微塵も感じ無かった。内容はこうだった。近くにカフェが出来てそこの看板のパンケーキが美味しそうだが一人では入れない、という事だった。南雲が「オレがいんだろ」と騒いでいたが「甘さ控えめなお前は誘わん」と風介にそっぽを向かれ、何かがビシッと割れる音がした。近くのカフェに行くというだけだけれども、風介はデートだという事を意識していないのだろうか。まるで鉛筆かして!みたいなノリのように簡単に誘うのだから意識などしていないのだろうけど、わたしは意識しない方がおかしかった。今日の放課後!と言われた後でもわたしの心臓は爆発しそうなくらい高鳴っていた。


  その時を境にわたし達は頻繁にデザート巡りを開始した。何処の鯛焼きが美味しいだとか、珍しいアイツだとか、風介の情報はわたしに負けず豊富で話は尽きなかった。友達と出かける際に美味しそうなカフェはチェックしているのに、風介はそれ以上に凄かった。同じサッカー部のクララとかアイシーと一緒に行けばいいじゃん、とわたしは言ったけれど風介はわたしと行きたいと言った。


「お前もミルクティー!?いい加減にしろ!」


  南雲に叫び声を聞いて我に帰るとわたしの手には自然とミルクティーが握られていた。苦手だったミルクティーはわたしの好物に変わっていたのだ。


「美味しいよ南雲も飲もうよ」


  わたしがそう言うとまるで何か得体の知らないものを見るように、南雲は自分の空になったペットボトルで、わたしを一発殴り険しい顔をして自分の席に帰って行った。風介のせいで南雲は既にあそこまでミルクティーを嫌っているのだった。ミルクティーのパックのストローに吸い付いていると、ズルズルと鈍い音が起つ。もうなくなってしまった、とパックの中身を見るとふと我に帰った。わたしってミルクティーこんなに好きだったっけ。むしろ紅茶自体が苦手何じゃなかったっけ。自分でも気づかないくらい自然に、朝ミルクティーを買っていた。誰のせいかなんて、さっきの南雲を見ていればわかるだろう。要らなくなったプリントを丸めて捨てるけれど何時になってももやもやは無くならなかった。グチャグチャに捨てられたプリントのようにわたしの頭もグチャグチャだった。


  考えていたことが現実となる。何時ものように授業を受け、何時ものように帰る平凡な日。友達を待っている間にグラウンドを眺めていた時だった。校門を風介とサッカー部の女の子が一緒に歩いていたのだった。わたしは窓の外から視線を外せなくなり、得体のしれない痛みと闘っていた。風介、と唇が形を作るけれどわたしは気づく事が出来なかった。わたしの頭にはまだプリントを丸めたようなものが存在していた。


「クララに聞いたがケーキバイキングが出来たらしい」


  翌日風介は待ちわびて居たかのように、眠そうに登校して来たわたしへと飛び付いて来た。眠かった頭は一気に覚醒しわたしは風介の話に気付けばのめり込んで居た。今週行くという話になると二人してそのお店のサイトを携帯で、覗き甘いものか食べたいと二人して呟いた。


「昨日クララと見に行ったら混んでいたよ」
「…あ、うん」
「どうした?」
「いや、何でもない、混んでたらヤダなって」


  昨日帰っていた女の子がクララだということを知って、わたしはまた得体の知らない不安に襲われた。可愛いクララはわたしなんかとは比べる価値もない、ましてや風介と付き合っているならば癒し系カップルとして有名になりそうだなあ。とまで考えてわたしの思考は凍りついた。まるでわたしが風介の事が好きみたいじゃないか。ふと顔を少し傾けるとすぐ近くに風介の整った顔があったことに驚いて、今更慌てて距離をとった。まるで長距離走でも走ったのかと思うくらい、わたしの心臓は音をたてていた。隣で風介が?を浮かべるような表情をすると、漸く気付いた。わたしはもしかして顔に出やすいのではないか、と。


・・・


  わたしって顔に出やすいの?そう南雲に問い掛けると何とも嫌そうな顔をした。


「分かりやすい」


  次の英語の小テストの単語を必死に目で追いながら、南雲はそう呟いた。


「お前はやんなくていーのかよ?」
「昨日風介と完ぺきにしたから大丈夫なんですー」
「…へえ、そりゃ良かったな」
「?…どうしたの、なんか怒ってる?」
「なんでもねえよ」


  必死にルーズリーフに単語を書き連ねる南雲はこちらを見る事もなく、紙の隙間を埋めていくだけだった。南雲の何処か寂びしそうな横顔を見つめて、漸く理解した。仲の良かった南雲と毎日バカをやっていた頃と日常は、少しずつ変化していった。風介と一緒に居る時間は確実に南雲との時間を奪っていった。


「南雲が最近ちょっとおかしいんだ」
「晴矢が?」
「学校では一緒にいるけど、どっか上の空なんだよね」


  風介と帰り道にそう話すと風介の眉間にシワがよる。


「晴矢はなまえのことが好きなんだよ」


  風介はそうわたしに目も向けず言い放った。もともと私と居る時間は晴矢の時間だっただろ?風介が紡いでいく言葉に何も言えず俯くが、わたしの気持ちは一つだった。ドキドキ、と心臓が音を立てる。彼の言葉を撤回させたくて、わたしはゆっくりと言葉を作った。


「わたしは、風介が好き」


・・・


  真っ黒に焦げてわたしの心から去っていった。ほろ苦いビターの味でもなく口を歪めたくなるようなものだった。目の前の彼はわたしを睨みつけるかのように、鋭く凍てつく視線を向けていた。


「晴矢がお前を好いていると言っただろう」
「…っそ、んな理由じゃ納得できないよ…」
「簡単だ、私は晴矢を裏切ってまでなまえと付き合う理由がないからだ」


  自分の幸せは正直になっちゃいけないの?我慢する事が当たり前の事なの?向き合った風介の表情はいつもと変わらない冷静な態度だった、一つ一つの言葉も変わらない。けれでまるで氷柱がわたしに向かって何度も突き立てられるような感覚に全く動けずにいた。風介が言葉を発する度冷たい空気に触れた息が白く侵食した、マフラーに顔を埋めたわたしは風介がわたしの前を去っても顔を上げる事は出来なかった。数10分前の緊張する自分の姿がとてつもなく馬鹿らしく思えた。


  楽しかった毎日は何処で間違えてしまったのだろうか、鯛焼きだとかクレープだとか何処が美味しいとわかってくれる風介の背中は見えなくなった。純粋にその毎日が楽しくて。純粋に、風介に恋をしていた。


「晴矢がお前を好いている」


  そんな事聞きたくなかった。短いスカートから見える足に冷たい風が吹いても何も感じなかった。赤みを帯びている肌はもう感覚がなくて何分もその場に立ち尽くしていた事に気付いた。コンビニに行ってもミルクティーは持っての他、甘いものは食べたくもなかった。


・・・


「なまえが甘いもん食ってないと違和感半端ねえよ」
「ね、…なんかしばらく要らないかな」
「なんだよせっかく期間限定のパイの実買ってきてやったのに」
「南雲も漸く甘党の会に馴染んできたね」
「抹茶お前好きなんじゃねぇの?」
「…なんか今甘いもの見ると気持ち悪いの」


  病気かよ?とわたしの顔を覗く南雲に風介の言葉が頭に思い浮かんだ。

「晴矢がお前の事、…」

  いやいや嘘つけ馬鹿野郎。南雲はクラスというか学年でも人気者なヤツだ。そんな人がわたしの事を好きなわけがないじゃないか。


「風介のとこ今日は行かないんだな」
「…あ、うん、だって甘いものの話しかしないし」


  横目で風介を見ると変わらず本を読んでいる、風介が読んでいる本は全部難しくてわたしと南雲には解読不可能だ。風介の側に駆け寄り無理矢理本を取り上げて怒られる事もないんだろう、鞄を広げ底に転がるチョコレートを見て、どうしようもなく切なくなった。ひざかけで足を包んみ自分の席に丸まると少しだけ暖かい温度に安心した。


「なんかあったろ」
「ないよ、むしろ何かあってほしいくらい」
「嘘つけ、風介もお前も解りやすいんだよ」


  顔を上げると南雲は見た事もないくらい真剣な顔で、わたしは思わず笑ってしまった。髪と同じくらい顔を真っ赤にしてわたしの机ん叩く南雲は「話があるから一緒に帰ろう」と言った。静電気が起きた髪を抑えようと髪をとぐと、風介を思い出した。傷を抉る昨日の場面が録画されているように頭の中に鮮明に流れた。


  自分の部活が終わると静かに校舎に入りサッカー部が終わる時間まで席に座る。うちの学校はサッカー部がすごく強いからどの部活よりも遅くまで活動している。窓の外を見ていると雪でも降らないだろうかと思う。そうしたら部活は直ぐに終わるんじゃないかってそんな事は考えてはいけないけれど。グラウンドで整列したのをきっかけにわたしは外へと出る。丁度よく南雲を見つけ手を振ると「すぐ準備するから待ってろ」と部室へ駆け込んだ。すぐその後ろで風介が部室へと入る姿を見て、わたしは声もかけられなかった。風介はわたしなんて視界にも入れてくれないのだと、わかっていても悲しくて、俯いた。わたしがしばらくその場で立ち尽くしているも晴矢はわたしの側にやって来る。そしてわたしの腕を掴み、南雲はバックの中からお菓子を取り出した。今までキラキラと輝いて見えたお菓子も今となってはどす黒く見える。何も言わずに居れば、南雲はわたしの好きなお菓子を手にとり始め、わたしの前に突き付ける。さっき言ったのに、甘いものが見れないって。南雲の手を押し返すとわたしの視界がどんどん霞んでいく。


「見れない、こんなの」
「ああ、」
「風介が居ないと、こんなのおいしくもないよっ」
「…」
「だから、もういらない」
「…あのなあ、」


  南雲はぐしゃぐしゃとわたしの髪を撫で、後ろを向く。


「二人して同じ顏すんな、こっちが嫌な思いするからな」


  わたしも同じように振り向くと、眉間にシワを寄せた風介が立っていた。バックを持った南雲がぐーっと伸びをして風介の元に歩いて行く。


「もたもたしてると取るからな」


  その瞬間、風介の顔が一気に火照った。南雲がわたしたちを置いて去って行った後、風介はわたしに近寄り視線を反らしながら髪を弄る。未だ風介の顔が真っ赤で、わたしもつられて顔に熱が集まった。視線に吸い込まれる様に、わたしは風介と目を合わせた。


「変な顔」


  風介がそう言うと緊張が溶けた様に、笑った。その帰り道、いつもと違うのはわたしの右手をしっかりと繋ぐ温度だった。





  はあ、とため息をついてオレは机に突っ伏した。晴矢はいい人止まり、とレアンに言われたことをふと思い出した。確かにその通りだと思う。二年に上がるまでまさか親友と好きな人が付き合うようになるとは思わなかった。もう一度ため息をつくと、机を勢いよくバシバシと連打する音が聞こえた。


「南雲みてこれ!期間限定!」
「晴矢も少しなまえを見習え、私のを少し分けてやる」
「そうだよ!今日朝風介と南雲改造計画について話してたんだよね」
「だから今日、晴矢のためにケーキバイキングに行こうと思う」
「はあ?え?」
「レアンとクララも誘ったよ!」


  机の上には山盛りのお菓子。頭が痛くなる。平和になるはずが、オレにとっては悪夢の始まりだった。


12.0224