君に向かって加速する
「好きです」
爆弾を落とされたのは、FFIが終了しライオコット島からヒロトが戻って来た頃の事だった。目の前の女と言葉を交わすのは初めてである。オレンジのユニフォームを身に纏った元エイリア学園のチームに久しぶりにヒロトを交え、練習に精が出た後のこと。雷門中の制服を纏った女は記憶が正しければイナズマジャパンのマネージャーだった。女の姿に気付いたヒロトと緑川は彼女の名前を呼んで駆け寄った。そしてヒロト達は私まで手招きする。何故私が呼ばれるのか理解不能であったが、結局ヒロトと緑川とその女の輪に入っていくこととなった。目を合わせた瞬間女の顔はみるみる内に赤面し、ヒロトと緑川に目配せをする。そして女は突如恐ろしい冒頭の言葉を発したのだ。
「まじかよ」
数十秒の間、私は驚いて体が凍ったように動かなかった。それはヒロトと緑川も同様で、偶然近くにいた南雲晴矢がポロリと零した言葉により私達の時は再び動いた。しかしFFIに出場したとはいえ初対面の女に告白をされるなんて、思ってもみなかった。
「なまえちゃん大胆だね…」
「お、俺もびっくりした」
「あはは、実はわたしも…涼野くん、急にこんな事を言ってしまってすみません…」
「あ、ああ…」
好意を持たれるという事自体は嫌な気分ではなかった。「また会いに来ていいですか」と問われれば素直に頷くしか出来なかった。不思議な女に興味が湧いたのは嘘ではない。また会いたいと思ったのも確かだ。
しかし、その当時は、の話だ。
「涼野くん、今日も好きです!」
その彼女が挨拶のように会うたび告白をして来るなんて想像出来ただろうか。
まるで息を吸うように言ってのけるこの言葉を何百回聞いただろうか。そしてあの頃の赤面した彼女の姿はもう既に忘却の彼方。FFIが終わり漸く平穏な日々を過ごすことが出来そうだ、なんて思ったのもつかの間だったという事だ。
「…また君か」
「うん、今日も素敵です」
「…君は私のことしか出てこないのか!」
「そんなことないよ、差し入れ渡したから食べて下さいね」
ニコニコ、と効果音が聞こえそうな程満面の笑みを浮かべた女は、グラウンドの端のベンチに腰掛ける。そしていつもマネージャーが不在のため忙しなくなく働く控えの選手を手伝いながら、瞳を輝かせて私達のサッカーを見つめるのだ。
…まったく、やり辛いものだ。
不定期にグラウンドに現れる女が私の心の中を荒らしてくるわけだ。あの日の告白は夢であったのだろうかと思うほど、告白は挨拶のように聞かされる。同一人物か?と思うほどの変わり様だ。
「なまえちゃんの差し入れ緑川が持ってるからね」
「というかいい加減、何か言ったら?」
「飽きたらすぐ来なくなるだろう」
「はは、あの子…はたして飽きるかな」
ヒロトと緑川はイナズマジャパンの時に女と良好な関係を築いていたようだ。女が訪れる度ヒロトと緑川は彼女を歓迎する。…そういうことをするから何度も執念深く訪れてくるのだろう。何度もすぐに飽きるだろうと言ってきたが、彼女は必ず週に一度は足を運んで来る。
「涼野くーん!今日もかっこよかったよー!」
練習後手を振る彼女はさぞかし嬉しそうで私は思わず「大きな声を出すな!」と叫んだ。歯を見せてはにかむ彼女に少しだけ胸を高鳴らせてしまうが、いやいや、と首を振って落ち着かせる。あんなデリカシーのない女好ましいわけがあるか、と。何度も足を運ぶから嫌でも顔も覚えてしまうし、全く面倒事に巻き込まれてしまった。
「風介、嬉しそうだね」
「な、何処が!」
「はやく答えてあげればいいのに」
「…あんな何度も…好きだと言えるのだから、本当なわけないだろう」
「好きだよ!」と彼女の言葉がこだまする。本当に私の事を好きなのか?…きっと飽きれば直ぐに来なくなる。そう思う事にして早数ヶ月、まだ彼女は訪れる。私は彼女に対して、どう接したら良いのかわからなくなっていた。
▼▲
わたしが初めて見たのは宇宙人だった彼である。本格的に意識したのはファイアードラゴンとFFIで対戦した後の事だった。かつての刺々しさはなくチームメイトであるヒロトくん、緑川くんと声を掛け合う姿を見て体が熱くなったことを覚えている。予選を勝ち抜いて本戦を戦っていてもあの人の事が忘れられなかった。漸くそれが恋であるかもしれないと気付いたわたしの行動は早かった。
「あのね、ヒロトくん。涼野くん、のこと聞きたいです」
ライオコット島でヒロトくんに思い切って相談した時、彼はポカンとした表情をした後「え!?ガゼル!?」と驚いた。初めて自分の気持ちを打ち明けた後は何処か晴れ晴れとした気分になった。その後「彼女いないって」とヒロトくんに声をかけられた時、わたしは沸騰しそうな程体が熱くなる事を感じた。そして涼野くんを1番近くで応援する事が出来たら、とても幸せだろうと思ったのだ。それはわたしの我儘でしか無かったけれど。
しかしFFIが終了し、ヒロトくんからの計らいで元エイリア学園のチームの練習の見学に誘ってくれたのだ。「頑張って」といったお言葉付きで。涼野風介くんを前にしたわたしは、氷のような緊張が羞恥で一瞬で溶けたのを感じ「好きです」と言うはずもなかった言葉を発していた。これにはヒロトくんもびっくりで、少しだけわたしの話を齧っている緑川くんも目を見開いていた。ちなみに、言葉を発した本人が1番驚いていたと思う。本当の事である以上撤回する事など出来ないしで、穴があったら入りたい気分だった。しかし涼野くんの見開かれた美しいエメラルドグリーンの瞳に吸い込まれそうで微動だに出来なかった。
「まじかよ」
そんな近くにいた南雲くんの一言で漸く時が動き出し、ヒロトくんは冗談を交えながらフォローしてくれた。それからも雷門の練習が終われば帰りがけに顔を出す事が多くなり、元エイリア学園の皆とも打ち解けることが出来るようになっていた。そう、もちろん、意中の彼とも…と言いたいところだが。
そう始まりもこんなはずじゃなかった、徐々に話すことが出来れば幸せだと思っていたのに!
「好きだよ!」
わたしは彼に会うたび自分口からは軽々しく本音がポロリと溢れる事に驚いていた。素直に思った事を口に出してしまうのか、会えば胸が高鳴りもう何度目かも分からない言葉を口にする。
「涼野くん!今日もかっこよかったよー!」
だからこんなはずじゃないんだって!最初に口が滑ってしまった事からもう吹っ切れてしまったのか、わたしの彼への想いは止まらなかった。
・・・
「すごい、とても贅沢なメンバーで試合するんだ」
「贅沢って…なにそれ」
「だって元エイリア学園のメンバーで試合するなんて!」
「相手が雷門だからって手は抜かないよ」
「ふふ、円堂くんもそう言うと思う」
「ヒロト!」と声をかけるのは我らがキャプテン、円堂守だ。キラキラとした笑顔でこれからの試合が楽しみで仕方ないといった表情に、わたし達マネージャーもやれやれとつられて笑ってしまった。瞳子監督と久道監督の計らいで夢のような試合が実現したのだ。日程を決めてしまえばそのドリームマッチはすぐにやってくる。雷門中に元エイリア学園のメンバーが足を踏み入れるなんて、奇跡だ、なんて。ジャージを見に纏った涼野くんはリラックスしたような笑みを浮かべて南雲くんといつもの様に戯れ合う。イナズマジャパン、ファイアドラゴン、このグラウンドにFFI出場メンバーが10人以上いる事を意味するのは、観客の数もまたそうだった。
「すごい人」
記者の人もいるよ、とたかが練習試合でこんなにも人を集めてしまう彼らを遠くに感じたが、同時に誇らしく思えた。今日はわたしは雷門中ベンチに座りマネージャーとして働く。相手チームだからか涼野くんに話しかけ辛く、この試合が終わったら声をかけようと意気込んだ。
試合は雷門中のビハインドから始まり、そこから後半で勝ち越し。2-1で雷門中の勝利だった。どちらが勝ってもおかしくない、素晴らしい試合であった。ヒロトくんは悔しそうではあったが「次は負けないよ」と円堂くんと握手をする。1点を決めたのはヒロトくんだった。残念ながら涼野くんはゴールを決める事が出来なかった。しかし試合で再び見る事ができた彼の必殺技にわたしはまた気持ちを拗らせてしまっていたのだろう。涼野くんの悔しい気持ちを察する事が出来なかった。早く伝えたいという一心で彼がひとり水道に向かった時を狙い、その後をつけた。
「涼野くん、」
「…なんだ、また君か」
「す、凄かった!シュート、また見れて、」
タオルを首にかけて俯く彼に漸くわたしは涼野くんの悔しさに気付いた。あ、と気付いた時にはもう遅い。
「…決められなかったのに凄いわけないじゃないか」
「そんなことない、いつも涼野くんのプレーは凄いよ」
目を合わせた時、宇宙人の時の彼の瞳を思い出した。冷たくて周りを凍らせてしまうような、そんな瞳。
「…君の言葉は、いつも薄っぺらいね」
そう言った彼はわたしを置いて地面を蹴る。徐々に小さくなっていく足音が聞こえなくなるまで、その場に立ち尽くしていた。
・・・
美しい直線のシュートと、冷たいようで暖かい眼差し。たとえ決まらなかったとしても彼に魅力されたきっかけであるサッカーを見る事が出来て浮かれていたのだろう。彼に少しでも近付けたと思ったのはとんだ思い違いであった。涼野くんに謝らなければ、という思いだけで訪れた練習グラウンド。やはり来なければ良かったと思うほど彼を視界に入れた瞬間ネガティブな気持ちで包まれる。いつものようにヒロトくんに出迎えてもらい円堂くんからの伝言を伝えた。
「みんな、この前はありがとう、円堂くんもまた試合したいって」
「もちろんだよ」
「一緒にドリンク作るね」
「ありがとう、助かるよ」
控えの選手が忙しそうに手を動かしている。女の子も選手だから本当に凄いのだ。マネージャー不在の中、これだけの人数を纏めて運営していく事は大変だろうに。ああ、いつもなら真っ先に言う挨拶は今日はし辛い。そのことに気付いているのかヒロトくんは不思議そうに首を傾げていた。今行くべきなのか、練習が終わった後に行くべきなのか。しかし試行錯誤しているつもりでも先程から同じ発想に立ち続けていた。
もう先に済ませておいた方かいい、気を煩わせてしまうのであれば帰ればいい。そんなように思った瞬間、近くに歩み寄る足音を感じドリンクを作る手を止めて振り返る。エメラルドグリーンの瞳と視線を合わせた時、心臓が口から飛び出てしまいそうだった。何の用か、いつものようにユニフォームを腕まくりした涼野くんが立っていたのだ。無表情ながらも彼は少しばかり不機嫌であることが分かり、おずおずと彼の名前を呼んだ。
「涼野くん、」
「…」
ぴくり、と眉が動いたのを見逃さなかった。そのまま前髪を研ぐ仕草をする彼に不謹慎ながらもときめいてしまうが、本来の目的を忘れてはいない。「この前はごめんね、今日どうしても謝りたくて」そう言えば彼はため息をついて腕を組んだ。怒らせてしまっただろうか、何があった?と周りの視線を感じ冷や汗を垂らす。
「…私も少し苛立っていたから謝りたかったんだ」
聞こえた言葉に耳を疑った。彼が恥ずかしそうに視線を逸らした瞬間、高鳴る心臓の音がはっきり自分で聞き取れる程熱い何かがこみ上げる。思わず一歩彼に歩み寄り、ずい、と体を近付ける。
「あのね涼野くん、わたし、涼野くんのサッカーに一目惚れしたの」
「….え?」
「一直線にゴールに向かうボールが、蹴られる瞬間すごく綺麗なの、本当に綺麗で」
「…あ、ああ…」
「だから本当に素晴らしくて!なんて言ったらいいか分からないけど、涼野くんのボールはいつも凄いんだよ、言葉が出てこなくなるくらい」
まだまだ伝えたい事は山ほどあるが、頭の上にクエスチョンマークが浮かぶ彼の顔が少し赤くて、ハッと我に帰る。そして告白より凄い事を言ってしまったのでは無いかと漸く気付き思わず口を押さえた。
「わ、わかった、もういいから黙ってくれないか」
「涼野くん、そんな顔もするんだ…」
「な、君は本当にデリカシーがない!」
「す、涼野くん、好き!」
そう言うと涼野くんはふい、と顔を逸らしわたしに背を向けて歩き出した。アクセルを踏むように彼の背中を追いかければ、やれやれと振り返る。絡み合った視線は優しくて、再びわたしは彼に落ちるのだ。
2018.0407
( つづく )