少女が望んだもの
「…日曜日?」
「うん、試合があるんだけど」
「ご、ごめんもうバイト入れちゃって」
「そっか、ごめん俺も急に言ったからね」
部活終わり彼女の家。次に会える日はないかと恐る恐る日曜日の試合の事をなまえちゃんに話すと、眉を下げて困った様に断られる。なまえちゃんはあまり俺の試合には興味が無いようだった。昔から試合には顔を出さず、今のように断られてきたからだ。たまに見に来た試合後も先に帰ってしまったりするから、サッカーはあまり好きでは無いのかもしれない。
「…じゃあ明日も早いよね」
「それはそうだけど」
「そしたら早く帰った方がいいよ、また明日ね」
俺の話はスルーして早口で一通り最後まで台詞を俺に投げつけると、僅か5分程度で気づけば玄関へと追いやられていた。車が通ると明かりが眩しいほど外は真っ暗だった。
…なまえちゃんの家へ遊びに行って約2時間くらいか。あの時はまだ日が照っていたから。
大きなバッグを抱えて歩く道はいつもの道であるが寂しくて堪らなかった。かれこれ付き合ってもう1年になるが、なまえちゃんは俺と一緒にいるのが面倒なのだろうか。俺だけが必死に付いて行っているような気ががする。情けないがなまえちゃんに感する事は少し衝撃を与えるだけで折れてしまうようなメンタルだ。だからこそ試合も見にきて欲しいし会える日は会いたいと思うがそうもいかない。日曜日がダメなら明日少しでも会えないかと打ったメールは数分後に直ぐに返ってきた。
『試合の前日は休んでほしいから、また今度にしよう』
大丈夫だと言っても彼女の意思は強い。これって愛されてるのかな、と落胆すればいつものようにベッドに体を沈めた。
「珍しくため息ついてるね」
「…ちょっとね」
翌日の学校の休み時間にはスマホの画面を付けたりは消してを繰り返していた所を緑川に見つかり、哀れんだような視線を送られる。チャイムが鳴り大きくうなだれて机に突っ付せばそのまま授業はすり抜けてこれまた珍しく瞼を閉じた。起きた時には6限が終わりホームルームの時間だった。
やはり連絡は、なしか。
まだ霞む目をこすると、帰宅する生徒や部活へ向かう生徒で騒がしくなる。その中でもまだ覚醒していない体を起こす為ゆっくりと伸びをすると、背後から小さく制服を引っ張る力を感じる。その感覚に振り向くと、クラスでも可愛いと言われている女の子が立っていた。
「基山くん」
「どうしたの?」
「日曜日、試合なんだよね?」
「うん、そうだよ」
「応援行きたいんだ、いいかな?」
首を傾げる女の子はなんとも可愛らしい。そんな事を言うと晴矢に怒られそうだなあ、まあ誰も応援に行きたいと言われて悪い気分にはならないだろうし。正直今の俺の気持ちは率直に言って嬉しかった。そんな気分から彼女に「もちろん」と即答した。「ありがとう!」と頬を赤らめる女の子に違うときめきを覚えて少しだけ罪悪感を感じた。いやいやこんな事を言われたら誰も嫌な気分にならないだろう。
気が付けばなまえちゃんと先ほどの女の子を比べている自分がいた。なまえちゃんは俺のためによく我慢をする、我慢をしすぎて何を我慢しているのか分からなくなる。今一体君は何を考えてるんだろうか、そんな事気にする必要なんてないのに。
・・・
「基山くん格好良かった!お疲れ様!」
来てほしくて堪らなかった試合もあっという間に過ぎた。会場から出てきた瞬間に女の子が駆け寄り俺の前で笑った。恐らく俺の事が好きなんだろう、好きではなくても確実に嫌いではないだろうな、と予想できた。
なまえちゃんは忙しいんだろうな、1人でも大丈夫なんだろうな、俺なんていなくても、というネガティブな考えを巡らせていると「基山くん…?」と首を傾げる彼女を見てはっと我に帰った。なんだか無性に泣きたくなって無理やり笑顔を作る。
「なんでもないよ、今日はありがとう」
 無性に虚しくなって手を振りチームメイトが待つ場所へ歩き出す。俺が欲しいのはこれじゃない、チクリと痛む胸に気付かないふりをして「お待たせ」「また誑かしてんじゃねーよ」「そんなつもりはないよ」不機嫌に睨みつける晴矢や風介の元に駆け寄ると一斉に嫌味を言われる。本当にそんなつもりは無いんだってば、ともう一度宥めているとポケットのスマホが振動する。電話の主を確認すると俺は慌てて通話ボタンを押した。
「もしもし!」
・・・
申し訳無さそうに誘ってくる試合の応援は本当はもっと早く言ってくれたらシフトだって喜んで空けた。寂しそうに聞いてくるヒロトくんはやっぱり分かってない。どれだけわたしがヒロトくんを応援しているかなんて分かっていないのだろう。
「日曜日、お休みしてもいいですか」
ヒロトくんが久しぶりに誘ってくれた試合の日は生憎アルバイトが入っていた。行きたい、と思ったわたしは密かに出勤を振り替えて日曜日をあけた。
高校生になってもヒロトくんはサッカーの試合に引っ張りだこで一年中忙しい。その上わたしなんかに構っていたらさらに疲れてしまうだろう。将来一流のサッカープレイヤーとなるヒロトくんに対して、彼女としてヒロトくんに迷惑をかけないようにしたかった。確かに会いたいけどサッカーで忙しいヒロトくんに無理をさせるのは嫌だ。会いたいと言って迷惑はかけたくないし早く帰って休んで欲しい。
試合当日、こっそりと見に行くといつものように格好良いヒロトくんがグラウンドに立っていた。ゴールネットに突き刺さる綺麗な音がに響くとわっと大きな歓声が上がる。それを起こしたのはわたしの自慢の彼氏、グラウンドでも一番に目立っていて格好良いヒロトくん。きっと女の子達はヒロトくんに釘付けだろう。終わったら少し会いたいが試合の後はきっと疲れているだろうな、と自分で作ったマイルールを破ってしまいそうになるほどわたしの気持ちは珍しく落ち着きがなかった。
「基山くんかっこよかったねー」
「今日は特にね!」
うんうん、そうでしょう。ヒロトくんは並々ならぬ努力もしているからサッカーも上手いし、かっこいいんだよ。なんて心の中ですれ違う人の話し声に答える。少しばかり嫉妬もしてしまうが、わたしはヒロトくんの彼女である。そんなことで不安になっていたら彼の迷惑になる。
しかしそれが崩れたのはほんの数十分後、タイミングが良かったのか悪かったのか。人混みが苦手だからと少し時間をずらしてスタジアムから出た時、ヒロトくんとチームメイトの集団が丁度控え室から出て来たのだ。思わず影に隠れると素直にお疲れ様とも言えない自分が恥ずかしくなる。今日来るとも言ってないし、さらにチームメイトの人達と一緒にいるのに突然声をかけて迷惑をかけるのも嫌だ。悶々と考えを巡らせているとわたしの横を可愛らしく小走りで駆け抜けて行く女の子の姿を視界に入れた。
「基山くんお疲れ様!格好良かった!」
可愛らしい声が聞こえた。ヒロトくんに駆け寄るお人形さんみたいな女の子、俯いて頬もピンク色に染めて誰が見たって可愛らしい女の子だった。それに比べてわたしは駆け寄る女の子のように、わたしは駆け寄る勇気なんて無かった。その女の子に笑いかけるヒロトくんを見て、ヒロトくんの気持ちがこんなわたしから離れていくのも時間の問題だと考えていた。
それから呆然と立ちすみ何をするでもなく癖のように携帯を弄る。わたしだって声が聞きたい、顔が見たい。その瞬間わたしは基山ヒロトと名前に触れて、電話をかける。あれ程自分でストッパーをかけていたのにも関わらずこんな事でヒロトくんに迷惑をかけてしまうなんて、最低だ。3回目の電子音が響いた瞬間、我に帰る。やっぱり止めよう、と中止ボタンに触れた時機械の中からヒロトくんの声がかすかに聞こえたのだ。
「もしもし!」
繋がってしまった、と思った時にはもう遅い。
「ヒロトくん、ごめん急に」
「珍しいね、どうしたの?何かあったかい」
用も何も無く電話した事がないわたしは、言葉に詰まる。周りを見渡した瞬間、わたしはまだ試合会場の真ん前にいるのだと気づく。素直に応援に来たと言えば済む話だが先ほどの光景が頭から離れない。でも今会わなければわたし達は終わってしまうかもしれない。何を言えばいいかわからずずっと沈黙が続けばスタジアムのアナウンスが大きな音で流れる。同時に機械からもその音が微かに聞こえ思わず立ちすくんだ。
「なまえちゃん近くにいるの?今日来てたの?」
「あ、うん、じ、実はバイト無くなったから…」
「まだ中にいる?」
「うん、出口の近く…」
「まってて!」
プツンと切れた機械からは虚しく響く鈍い音。どうした事が今視界が霞んでよく見えなかった、こんな顔見られたくないのに。携帯の仕舞うと後ろから何か大きな荷物を置く音がする。驚いて振り向けば部活のエナメルバッグを地面に鋭く叩きつけ肩で息をするヒロトくんだった。わたしを見るや否や眉をひそめ、肩を力強く掴まれそのままヒロトくんの胸に押し付けられる。その安心する温もりに思わずヒロトくんの着ている部活のジャージを握りしめた。
「どうしたの、そんな顔して」
何かあった?と優しく問いかける声にわたしの涙腺は一層緩む。ごめんね、本当に何も無いんだ。用も何もなくてただヒロトくんに会いたかっただけじゃ迷惑だよね。このまま泣いてしまえば疲れているヒロトくんの重荷になってしまうだろうが、嗚咽を抑えることに必死で言葉が出てこない。ポンポン、とあやす様に背中を摩りさらに力強く抱きしめる。
「会いたかったの」
息を思いっきり吸い込んで漸く発した言葉は震えていた。背中を摩る手が止まり、わたしも自然と体を少しだけ離す。ああ、めんどくさい事を言ってしまった。訂正しようにも無かったことには出来ない。嫌われてしまったらどうしよう、と不安で顔を上げる事が出来ないでいると、ふ、と吹き出すようにヒロトくんは笑い始めた。
「なんだあ、そんなことか、そんなの俺もだよ」
思わず顔を上げて見えたのは嬉しそうに優しく笑うヒロトくんだった。その表情はまさに王子様で、顔が一気に熱くなる。そしてヒロトくんかの目が少しだけ潤み、わたしは首を傾げる。ごめん、と眉を下げて笑うとわたしの頬の涙の跡に触れる。
「なまえちゃんが、俺と同じことを思ってくれてて嬉しいんだ」
悲しげな笑顔に初めて自分から彼の手を握った。
本当はね、いつだってこうしたかったんだよ。
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