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嘘を忘れないで


「ガイアと言い合いをしたそうじゃないか」
「も、申し訳ありません」
「二度と恥をかかせるな」


  室内の練習場は日が暮れているかどうかも分からない。練習に没頭したわたしは気付けば彼と二人きりになっていた。


  遡ること数時間前、お日さま園での大親友であった八神玲名と言い合いをした。もうすぐジェネシスが決まるというのに、わたしが彼女を『ウルビダ』と呼べなかったのが原因だ。

『私達がジェネシスだ!』

  仲良しこよしなどしていられない。追放されたチームもあるのだ。甘いわたしの考えは彼女の逆鱗に触れてしまったのだ。昔の名前と一緒に、友情もとうに捨てたと言うのに。


  ガゼル様、と呼べば無表情な顔で何も言わずに振り返る。彼は時に怒鳴り酷く注意をする、それは彼がキャプテン、ジェネシスに選ばれることが使命だからだ。しかし思い返せば思い返す程、苦しくなる。彼はわたしの事なんて、もう忘れてしまったのだろうか。


「…ガゼル様は、覚えていますか」


  ダイアモンドダストのメンバーは既に誰もいない。皆が居る時になど聞くことも出来ない質問を、今がチャンスとばかりに投げかける。

  名前を捨ててから、わたし達には大きな溝が出来た。キャプテンと、ただのメンバー。以前のような楽しいサッカーの影は無く、ただ訓練のような練習の毎日。幼いわたしを助けてくれた彼はもういない。けれど、聞いてみたかった。なまえと言う名前を覚えているか、なんて。直接聞けばいいもののなんて遠回しすぎる質問になってしまったのだろうか。(これで答えがノーであったら立ち直る事なんて出来ないのに)

  いつもの無表情な顔を向け、その瞳に堪えきれず思わずたじろいだ。


「急になんなんだ」
「いえ…ガゼル様はいつも」
「私が何だっていうんだ」
「…やはり、何でもありません」
「やる気がないなら追放する事になる」


  聞くんじゃなかった、と思った。グラウンドを見つめるその姿にキリキリと胸が痛んだが彼は顔色一つ変えず何処かを見つめている。彼に分かるようにあからさまに溜め息でも吐いてみようか、…そんな事をしたらダイヤモンドダストにも居られなくなる。

  昔を振り返らないといえば嘘になる。チームが別れたことにより、ジェネシス争いのせいで親友とはライバル関係となってしまった。もう今まで通りとは行かない、のに、少しでも、彼には変わって欲しくなかった。


「風介くん」


  いつからこの名前を呼ばなくなったのだろう、その時から全てを失ったような気がした。聞こえないと思った声は彼に届いて居たようで、わたしを凝視していた。彼は驚いていた。そこまで驚かれるとは思ってもいなかったわたしは青ざめる。


「え、と」
「なまえ」
「あ…」
「なまえ」


  考えられない言葉ばかりが彼の口から次々と紡がれていく、そして次の瞬間わたしの肩に彼の頭が預けられる。流れる銀色に近いスカイブルーの髪がわたしの頬を掠め、両手が行き場を失った。


「ガゼル様、あの」
「なんだ」
「あの、…ふ、うすけくん」
「…ん」


  じわり、と視界が歪む。泣いている暇などないというのに彼の本当の名前を呟いた途端、お日さま園での記憶が蘇る。今ここに生きている理由はお父様のおかげだ、しかしわたしは此処で出会った友人を失う事も怖かった。


「まだ、頑張れる」
「…ああ」
「ジェネシスになろう」


  いつかまたあの頃に戻れると信じて、わたしはあなたについて行くから。黒いサッカーボールに吸い込まれる運命になろうとも。だから忘れないで、わたしの初恋の人。


2017.0923