secret


▼ 楽しいお買い物、別展開

(たしぎの戦闘を眺めるシーン)

背後から腕が伸びてきた。

「え」

 気を抜いていたわけではない。と思うが、突然に、あまりにも突然に、わたしは口を塞がれ、物陰に引きずり込まれていた。抱えていた紙袋はどさりと地面に落ちて、わたしは口を塞ぐ誰かの手を掴んで身を捩らせることしかできない。

 待て待て待て、なんだこれ。怖い。殺される。

「暴れるなよお嬢ちゃん、てめェがあの海兵のツレってのは知れてんだぜ……人質として役に立ってもらうとしようじゃねェか」

 う、嘘だろう。こんな展開は予想外だよ。

 ひやりと首に当たる、これは凶器だろうか。水中に沈んだ時以来に感じた死の温度に、なすすべもなく総毛立つ。ここ最近のわたしの運、どうなってるんだ。
 上目遣いに見上げると、ああ、如何にも海賊って顔をしている。こいつは海賊だ。いつでもわたしを殺せるんだって顔。

「や……優しく、お願いします」

 抵抗するのも無駄だと悟ったわたしは、両手を上げて大人しく恭順する。だって、いまパニックを起こして逆らったら死んじゃうだろう。たしぎ姉さん、気づいてくれるかな。てかわたし、民間人でもなければ海兵でもないし、案外見捨てられる可能性がなきにしもあら……いや、人柄からしてありえないか。

 海賊への恐怖心を麻痺させるように努めながら、わたしは素直に拉致された。

 ……我ながら、スモーカーさんの言う生存願望の塊ってのは、的を得ていると思う。




 どうもこんにちは、ナマエです。現在、元・海軍駐屯所にて海賊に捕まっています。わたしの横にいるでかいおじさんは船長だそうです。

「港に海軍本部の軍艦が停泊しているだとォ!? 」
「はッ……凪の帯からやってきたようで」
「おいガキィ! こりゃ一体どういうことだァ!?」

怖い顔をした海賊のおじさんに、縄で括られた体を吊り上げられる。はあ、苦しいです。

「わたしおじさんたちの知恵袋じゃないんですよ。そうなんでもかんでも教えると思わないで……」
「あァ!?」
「くださらないでください。えっと、わたしも詳しくはないんですけど、凪の帯運航中に海王類と出くわして軍艦が小破したのでその修理のために立ち寄ってるんだそうです。乗っているのは海軍本部大佐の"白猟のスモーカー"さん、わたしと一緒にいた女性は海軍本部曹長のたしぎ姉さんです」

わたしのぺらぺらと回る舌に、海賊の手下たちが「筒抜けじゃねェか!」と華麗なるツッコミをくれた。怖いけど海賊というだけあってノリのいい連中である。

「本部大佐だァ!?しかも"白猟のスモーカー"つったら大物じゃねェか!」
「は〜スモーカーさんってば有名人。そうです、なんかよくわかんないけど煙になるし、おじさんたち戦っても勝てないと思うので早く逃げたほうがいいですよ」
「ンなこたァ言ってられねェなァ? なにしろおれの部下がコケにされたんだ、目にもの見せてやらなきゃ気が済まねェ」
「でも、どうやって倒すんですか?相手は能力者ですよ」

 船長おじさんは口をつぐむ。周りの下っ端たちも不安を隠せないという顔をしている。なんかこの海賊ってこう……小物臭がすごいな。

「そりゃてめェが教えるんだろうが! そいつの弱点くらい知ってんだろォ?」
「んな無茶な、スモーカーさんには"消臭のナマエ"と名高いわたしですら霧吹きの一撃も当てられたことがないんですよ」
「なんだそりゃァ?おめェ海賊かなんかか?」

ん?こんな質問は以前スモーカーさんにもされた気がする。そういえば、そのときに「そんなわけないでしょう」と答えた覚えがあるような無いような。否定するかどうか悩んでいると、海賊は勝手に勘違いして話を進めてくれた。

「なるほどなァ、おめェ海軍にとっ捕まってんのか」
「微妙にニュアンスが違う気もしますけど、確かにそうとも言えるかもしれないです」
「ん? そんじゃァてめェ、人質として役に立たねェんんじゃねェか!?」
「そうですねえ、スモーカーさんの弱点というと」

咄嗟に話を逸らそうと口を挟む。いやだって、この話が広がってわたしに比較的人質の価値がないとバレたら殺されてしまうじゃないか。そんなのは御免である。
 大体、スモーカーさんには情報が漏洩したところで負けるような点は見当たらないし、わざわざ口を塞いで死ぬこともなかろう。知ってることは全部バラしてやる。

「検証はしてないんですけど、スモーカーさんは重度のヘビースモーカーで、いっつも葉巻を二つ同時に吸ってるんですよね。もしかすると、吸ってないと死ぬんじゃないかと予想しています」
「ほォ」
「あと、ティーバッグを天井から吊り下げられるのは嫌いみたいです」
「……おォ」
「それから、お菓子はあんまり好きじゃなくて」
「……」
「寝るときはベッドを使わない派……ぐえっ」

再び勢いよく体を吊り上げられて、わたしの足は地面から離れる。だから苦しいですって。

「そいつのプロフィールなんかにゃァ興味はねェ! 弱点はねェのかっつってんだ!」

そう言われましても、スモーカーさんに弱点なんて……。


(この後なんやかんやあってナマエが人質になってしまう。ヒロインの口が軽いと今後の展開に支障があるため没に)

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