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『同棲』と言わないのは半分意地だった。告白して、恋人同士になって、手を繋いで、キスをして。たぶん、一般的に恋人らしいことはセックス以外はした、ような気がする。何度か危なっかしくなったこともあったけれど、最後までした覚えは一度もない。彼は若い割に我慢強い人だった。一応、己も若いうちに入るんだろうが、あと三年もすれば三十路。二十歳を一年過ぎたばかりの彼にしてみれば己などただのおじさんだろうに。何がどうして「あんたと一緒に暮らしたい」になったのか。いや、もう終わったことに言及しても意味がないか。目の前の料理を作り、暮らしたい発言の張本人はにこにこ笑って今か今かと料理の感想を待っている。この状況を己はどう切り抜けたらいいものやら。
ちなみに己の名はルーク・ファブレ。これでもファブレ財閥の御曹司だ。次男で長男に比べたら無能だが、それでも御曹司だ。で、目の前の男はユーリ・ローウェル。黒い長髪で濃紫の瞳を持つ美丈夫。ルークは彼を見るたびに負けた気分になるのだ。料理上手で家事全般こなせて……まるで主婦だ。訂正、主夫。片やルークは片付けるのはそれなりに得意だが、それ以外はからっきし駄目で、ユーリにはやらなくていいと言われてしまったくらいだ。


「美味いか? 結構頑張ったんだぞ」

「あ、ああ、美味しいよ、とても」


そう、とても美味しい。彼の料理はデザートも含めてプロ級だ。おかげで毎日絶品料理に事欠かない。
というか、そもそもの発端の話をしてなかった。ルークは大企業の重役で毎日忙しく過ごし、ユーリは大学通いながらバイトに励む、ごく普通の学生。そのユーリのバイト先でルークは偶然にも彼と出会った。確かその時はバーテンをしていた。女性客に人気なようで彼の近くのカウンター席は埋まっていた。己は待ち合わせをしていて、彼には目もくれず、相手のところまで行った覚えがある。少し遅刻していて焦っていたのだ。で、案の定、水をぶっかけられた。当時、付き合っていた、というか、婚約していた相手だったのだが。名をリタ・モルディオという。彼女の方の会社に問題があって決まった婚約だった。お互いに愛だの恋だのにあまり興味がなかったが、良好な友人関係を築いていたと思っている。だが、話をしているうちに彼女は別の誰かに恋をしているらしいことが分かった。

幼馴染みの「ユーリ」。

リタ曰わく大学生活のほとんどをバイトで過ごしているある意味怠け者で、そのくせ家事全般を完璧にこなす甘党野郎、らしい。そう、彼だった。彼の話をしている時の彼女は目を輝かせていて、とても可愛くて、ずっと話を聞いていたくなる。そんな気にさせた。だから、己も彼に会ってみたいなと漠然と思った。それだけだったのだ。彼女も結構乗り気だった。おそらくは自分の大切な人を紹介できる、彼は認めてくれている、そんな風に思っていたのかもしれない。で、例の水をぶっかけられた夜。その日の午前中に婚約破棄を申し出ていた。彼女の恋を応援するつもりだった。だが、ルークのしたことが思わぬ方向に行った。まさか彼女が本気で己のことを好きだったとは知らなかった。あとで事情を知って慌てた。後の祭りとはこういうことを言うのか、と酷く後悔した。なぜ水をぶっかけられたのか、なぜ彼女は去っていくのか、理解できぬまま呆然としていたところに彼、ユーリはやってきた。


「とりあえず、その服脱いだ方がいいんじゃないか。乾かす時間くらいなら事務室使っていいってマスターが」


ものすごく不機嫌そうに言っていたのが印象的だった。事務室に通されて、甲斐甲斐しく世話をされはしたが、やはり絶賛不機嫌中。


「ええと、あの、ありがとう」

「どーいたしまして──金持ちってのは簡単に女捨てたりできて良いよなあ」


ルークは目を見開いた。ものすごく怒っている。なぜ怒っているのか理解できなくて、彼を見つめ返すしかできないでいるルークを彼はいきなり殴り飛ばした。辛うじて悲鳴は上げなかったが、痛い。とても痛い。


「っ……君を、不機嫌に、さ、させるような、ことっ……俺、言った、かな」

「リタをフっただろ」

「え、は、……え!?」

「アイツは本気だったんだぞ。本気であんたのこと好きだったんだ! なのに、あんたは!」

「すき……? おれなんかを……?」


ルークは愕然とした。彼女は彼が好きなんだと、ずっと思っていた。だから、あんなに楽しそうに話すんだと。なのに、彼女が本当に好きな相手が己だったなんて、そんな。


「そうだよ! あんたじゃなきゃ誰を好きだってんだよ!」

「『幼馴染みのユーリ』……彼のことが好き、なんだろ? だから、あんなに楽しそうに、違ったのか、俺の勘違い……?」

「あんた……」


大混乱の己を前に彼は呆然としていた。が、あの時の ルークにとってはどうでも良かった。まさか、彼女が、リタが、そんな。ああ、きっと己はまたジュディス、彼女の姉さんに怒られる。どころか半殺しにされるかもしれない。ルークは己の犯した愚行の代償のあまりの大きさにおののいた。そして、リタを手酷く傷つけてしまった己に失望を覚えた。


「殴って、悪かった。冷やすもん持ってくる」


彼は一度出て行くと濡れタオルと氷水を入れたボールを持って事務室に戻ってきた。まだ呆然としたまま床に座り込んでいるルークを椅子に座らせると濡れタオルを頬に当てる。多少痛みはしたが、胸の痛みに比べたら痛くない。


「──『幼馴染みのユーリ』はさ、俺のことだよ。リタが何日か前、会わせたい人がいるって言ってきて、俺も楽しみだった。リタの奴、あんたの話ばっかりするもんだからさ、少し嫉妬するくらい」

「えっ! き、君がユーリ!? あ、えと、」

「落ち着けって。もう怒ってねえよ。あんたがものすごい馬鹿な人だって分かったし」

「あー……うん、俺すげー馬鹿です、まったくもって仰る通りで」


彼とたくさん話をして、己の知らないリタの話をたくさん聞いて、嬉しくて楽しくて、そして、何より苦しい、悲しい。ルークは胸元をそっと抑えた。
結局、リタと再び婚約することもなく、彼女とはそれきりになった。というわけでもないのだが、入れ替わるようにユーリとはその後も会うようになった。で、今に至る。終わり。……でもないかな。二人暮らし始めるまで、それはもういろいろとあった。何度も恥を忍んでリタに相談しに行ったり、兄のアッシュや幼馴染みのガイ・セシルにも相談したり、果ては両親にも相談して卒倒された。実はそのことで多大な嫉妬を買ってしまったこともあるのだが以下略。それを語ろうと思うと、もういろいろ、己のデリカシーのなさや、駄目さ加減をさらけ出さなければならないので今は勘弁してほしい。


「ルーク、悩み事か?」

「え! 違う違う! 俺は幸せ者だなーって思ってただけ!」

「ん、俺も幸せだ」


うん、何はともあれ、幸せだ。彼と二人、一つの部屋で寝食をともにして、毎朝毎晩、「おはよう」と「おやすみ」を繰り返す。何度も、何度も。そんな、何でもない日々に幸せを感じながら己は生きていくのだろう。彼と一緒に。





二人暮らし、始めました。
(まだまだ未知数だ。)










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やっと更新です。
久々のユリルクで何が何だか分からんうちに書いて終わった感じ。
反省はしてる、でも後悔してない。
ユーリがルークに世話焼いてるのを想像してものすごく萌えを感じます。
その当たりの話もいずれ改めて書きたいなあ……これだけじゃあ、ただのプロローグ的な何かにしかならんよな……うん。
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