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「ルブラン、ココア入れて〜!」

「はっ! 了解であります!」

「んー」


帝国騎士団ファブレ隊の休憩時間は実に賑やかしく過ぎる。隊長であるルーク・フォン・ファブレのココア催促から始まり、ルブランの奥様特製のお菓子が用意され、書類に切りをつけた隊員たちが部屋の中心に設置されたテーブルに集まってくる。そうしてルークがココアの入ったカップに口を付けると同時に隊員たちによるお菓子の取り合いが始まり、それはユルギスかルブランの一喝があるまで続く。ちなみに今日はその休憩時間にいつもは任務でいない隊長補佐のシュヴァーン・オルトレインもいた。彼は隊員たちの鬼気迫る表情に臆することもなく、取り皿にお菓子を確保するとルークに差し出した。


「お、おお、ありがと。てか、お前にお菓子渡されんの緊張する。いつもはユルギスかルブランがしてくれるからなー」

「そうですか」

「ん。でも珍しいな。アレクがお前を親衛隊任務から外すなんて。明日は槍でも降るんじゃないか?」

「そうかもしれませんね」

「……」

「……」


(会話が続かねー……まあ、あんまり顔合わせないから話すこと無かったし、仕方ないかもだが……どうするよ)

ルークはクッキーを摘んで口に放り込む。柔らかな甘味が口の中に広がって思わず頬を緩めた。やはりルブランの入れたココアとの相性ばっちりだ。というか、ルブランの作る料理もお菓子も美味しい。ちなみに彼の妻はさらに輪をかけて美味しい料理とお菓子を披露してくれるからダブルコンボで来られると瞬殺されること必至である。
騒がしくもまったりと休憩時間を楽しんでいたが、その一時は無粋な客によって一瞬で消えた。その手にはやはり書類が載せられている。


「所属と名前」

「言う必要が?」

「最低限の礼儀も守れないのか。騎士団の恥だ。今すぐに辞めてしまえ」

「書類、ここに置いて行きます」

「持って帰れ。これ以上増やすな」


無粋な客の所属は容易に知れた。悪趣味な紫色が頭に浮かんでルークは顔をしかめる。あの悪趣味な男の部下はどうあっても書類を置いて行くつもりらしい。ぶち切れ寸前までテンションが上がったが、呆気なく熱は下がった。どうせ、投げつけようが何をしようが彼は消える。実際消えた。ルブランたちの盛大なため息。ルークはクッキーをかじってシュヴァーンを見た。


「何か」

「お使い頼まれろ」

「お使いですか」

「それ、キュモールんとこにぶちまけてこい。それと『お花畑みたいな思考はそろそろ捨てろ。ついでに悪趣味な紫も捨てろ』って言っとけ」

「分かりました」

「おー頼んだ」


慌ててユルギスやルブランが出て行こうとするシュヴァーンに何事か言っている。先ほどの様子からして鉄壁の無表情のままルークが言ったことをそのまま実行しそうだと思ったのだろう。実際、ルークは実行させようとしていたわけだが。

(つまらん。せっかく面白いことになりそうだったのに)

内心一人ごちる。刺激が少ないと求めてしまう厄介事。その厄介事を隊務をほとんど担ってこなかった部下に責任を押し付けたって許されるはずじゃないのか。


「隊長」

「何だ、ユルギス」

「我が隊では新人同然のオルトレイン補佐を揶揄うのはどうかと思いますが」

「良いだろー新人いびりくらい許せよ」

「隊長自らいびるのはやめてください」

「えぇー? つまらんだろ!」

「ああもう、隊長としての自覚を」

「あーあー聞こえない聞こえなーい!」

「子供ですか!」


というやり取りは、実のところ今に始まったことではない。最初はルブランとやり合っていた。が、彼は途中からそれをやめた。代わりに物攻め、というか、餌付け攻撃でルークを呆気なく陥落させた。しかも夫婦揃って餌付け攻撃するもんだから彼の奥様にも頭が上がらなくなった。完敗だ。で、今はユルギスとやり合う。最早挨拶代わりだ。お互い楽しんでるので問題ない。


「円満に返してくるよう、言い含めましたぞ! 真面目な質のようですし、滅多なことはしないでしょう」

「ちぇーつまんないー!」


ルブランはルークのもとに戻ってくるとそう言った。つまらない。確かに彼は如何にも真面目そう(実際に真面目である)な風体で、仕事もできる上にルークの機微を読むのが上手かった。ある意味、それは困ったことではあるんだが。ため息一つ。
ルークたちが仕事に戻ってからしばらく経ってシュヴァーンは帰ってきた。如何にも真面目たらしい面持ちで。


「ただ今戻りました」

「ご苦労さん。仕事戻ってくれ」

「キュモール隊長から伝言が」

「あ? 何て」

「『パパに言いつけて失脚させてやる』と」

「………………お前、何言ったの」

「ご命令通りのことを」

「…………………………」


ルークはしばし考える仕草をしたが、堪えきれず吹き出した。最高だ! 傑作だ! 本当にやりやがった! ルークはとうとう腹を抱えて笑い出す。この底抜けに真面目で、ある意味、大馬鹿野郎な己の補佐を賞賛したい。ルブランとユルギスが頭を抱えているのを横目にルークはシュヴァーンによくやったと褒め言葉をやった。


「恐れ入ります」

「あ、ついでにもう一つ頼まれてくれ」

「何なりと」

「ココア入れろ」

「了解しました」


新人で来た隊員にはすべて一度はやらせている儀式だ。この際なのでやらせておこう。今日は気分が良い。今ならどんな不味いココアが来たって怖くない。始末書だろうが、謹慎だろうが、減給だろうが、何だって来い。そうしてシュヴァーンが今まさに置いたカップを取ってそのまま口にする。


「…………………………」


ルークは静かにカップを置くと力尽きるように机に突っ伏した。どうしたらいい。これはあれだ。いや何だ。シュヴァーンはきょとんと目を丸くした。


「まっっっっず……! 死ぬ、死ぬ、死ぬーっ! ルブラン、クッキーとココア! 今すぐ!」





ココアの味
(たぶん、眠気覚ましどころか永遠に眠ってしまいそうなくらい殺人的な味だ)










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お待たせしまして大変申し訳ないです……。
ほのぼのとは程遠くてどうしたらいいの。
でも、こんな感じで天然さんなシュヴァーンも好きです、私。
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