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作品保管庫 | ナノ
もう限界だ。堪えきれず涙が溢れた。勝てるはずだった。大義名分も正義も、こちら側にあるはずだった。なのに、なのに! この様だ。どうして? 何で? 己はただ報いたかっただけだ。たった一人の兄に。
あの日、己は死ぬはずだった。キムラスカ・ランバルディア王国とマルクト帝国との間で結ばれた和平協定。その夜、行われた内々の食事会の席で。まだ兄も己も幼かった。けれど、我が儘放題の己と違い、年齢に見合わぬ冷静さと知性を備えていた兄。キムラスカの蒼き血を色濃く受け継いだ紅い髪の毛と翡翠の瞳。何もかも兄には適わなかった。時を同じくして生を受けたのに、どうして己はこんなに出来損ないなのか。何度も黒い感情に飲まれそうになった。
あの日もただ優秀な兄を困らせてやりたくて、体調が悪い時にいつも飲んでいた兄の常備薬を隠した。──それがあんな結果を生むだなんて、誰が思っただろう。
『お前には心底失望した。やって良いことと悪いことの区別もつかんのか』
『やはり似ているのは顔だけであったな。この損失、どう贖ってくれるのだ』
父、クリムゾン・ヘアツォーク・フォン・ファブレとキムラスカ王であり伯父であるインゴベルト六世の言葉を今でも忘れない。誰も庇ってくれなかった。子供の悪戯にしては起こったことが大き過ぎた。もともと期待なんかされてなかった。悔しくはあったけれど、兄には絶対勝てない。分かってたから、だから困らせて構ってもらってた。そんな程度だ。
「はっ、ははは、あはははは……っく、はは、」
やっぱり出来損ないはそれ以上にはなれないらしい。虚しい。王都バチカルは今や瓦礫の廃墟と化した。ごろごろと転がる遺体の数は数えても数え切れない。痛む身体をどうにかこうにか動かして城門まで来たが、遅かった。何もかもが遅かった。冷徹な赤い瞳の男が己の腹心、ジョゼット・セシルを鋭利な槍で心臓を突き刺した後だった。
(誰が、こんな結末、予想した?)
未来は誰にも分からない。その時になってみなければ、誰にも分からないんだ。
「あなたで最後のようですね」
「らしいな。ったく、どいつもこいつも使い物にならなかったな」
「可哀想に……あなたのような人間のために死んだ彼女が哀れでなりませんよ」
「思ってもいないことなんか口にすんな、死霊遣い(ネクロマンサー)ジェイド。白々しいにも程がある」
「これは失礼を。死者には相応の礼を払うべきだと思ったまでのこと」
「詭弁をほざくな。お前、誰が死んだって何も思わないんだろ。そういう目をしてるぜ」
男は感情の読み取れないような笑みを浮かべた。人の死を正しく理解できない人間不適格者。誰を手に掛けようとも表情一つ変えない。有名な話は嘘ではなかったらしい。
「さあ殺せよ。それで終わる」
「抵抗しないのですか?」
「してほしいのか? どこのサディストだよ、お前」
「これでも年寄りですからね。楽ができるのはありがたいですよ」
「抜かせ」
瞬間、槍が心臓を貫いた。途切れる瞬間、スイッチを押した。ああ、終わった。終わった! ざまあみろ!
「ピオニー陛下! 前線よりの伝令です!」
「どうした」
「ジェイド・カーティス大佐がバチカル戦線にて生死不明になったと……!」
「ジェイドがか!?」
ピオニー・ウパラ・マルクト九世は狼狽した。あのジェイドが生死不明だと? 信じられない報告だった。
「誰がやった?」
「そ、それが朱い髪の毛と碧の瞳で十七、八の子供らしいと。詳しいことは分かりませんが……」
(子供、だと? キムラスカにはもうその年齢の王族はいないはずだ。……いや待て、ファブレ公爵の子供は『ルーク』。預言に詠まれた運命の子供──)
ピオニーはまさかと吐息だけで呟いた。あの食事会で死んだ子供は『ルーク』。ジェイドを生死不明にしたのも『ルーク』。ならば。ピオニーは戦慄した。キムラスカに生まれた『ルーク』は二人いたことになる。
(双子、か? 片方を王位継承者として、片方を影武者として育てたのか。名を与えず飼い殺しにしていたのか!)
実際は継承者の『ルーク』が死に、影武者の『ルーク』が残った。あのインゴベルト六世のこと、口汚く罵ったに違いない。なぜ、お前が死ななかったのだと。ピオニーは痛ましげに表情を曇らせた。
「戦線は勝利したのか」
「は、はい!」
「分かった。ジェイドの件はとりあえず捨て置く。あいつがそう簡単に死ぬとは思えんからな。
戦勝宣言をする準備を始める。宣言書を可及的速やかに公式文書としてダアト及び各拠点に送り、周知徹底させろ。戦闘中のキムラスカ軍の士気を削いで降伏に持ち込め。いいな?」
「はっ! 仰せに従います!」
泥沼がようやく終わる。そもそものきっかけを作ったマルクト帝国の皇帝が言うことではないが。
あの日のことは今でも覚えている。前皇帝たる親父殿『ちょっとした悪戯』でキムラスカの継子ルーク・フォン・ファブレが死んだ。もともと顔色もあまり良くなかったように思う。もしかすると親父殿の仕掛けはもっとルークが帝都グランコクマ来た時からしていたのかもしれなかった。あの時の己を呪いたい気分だ。
「あの時、死ななかった方の子供が戦場にいたのか……哀れな」
ピオニーはただ目を閉じて、祈った。今度生まれる時は名を与えられるように、と。
名も無き仔の叫び
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ネガティブゾーンです。
てか、久々にアビスの方の話書きましたね私。
本気でいつから書いてないのか。
しかも暗いな……。
双子設定の話だけど、レプリカでも問題ない気がしてきた。