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「レイア、……ああ、またか」

「うん、また作り直さなきゃ」

「すまないな。俺が持って行くと途端に暴れ出す。だから迂闊に近付けやしない」

「ううん、ルークのせいじゃないから。だから良いの」


そう言ってキッチンに消えるレイア・ロランドを見送って、ルーク・フォン・ファブレは地下室に続く階段を見つめた。
ここはラ・シュガル王ナハティガルによってイル・ファンに住民が連行され、住む者を失った村ハ・ミル。ミュゼに見つからぬように選んだ土地。ジュード・マティスのこともあって、人のいない土地をわざわざ選んだのだ。
あの日、ルークたちはジランドとセルシウスを倒し、そして、大切な仲間であるミラ=マクスウェル失った。失った、というより彼女が自ら望んで世界から消えた。そうして彼女の死とともに成されるはずだった断界殻(シェル)は未だに存在し、アルヴィンの故郷はまだ遠い。彼女の死に荷担したルークはジュードから多大な恨みを買った。胸は痛んだが、後悔はない。覚悟を決めた人を止められるのは同じだけの覚悟を持った人間だけだ。ならルークに止める権利はない。


『良いのか』

『ああ、これで良いんだ、これで』

『本当に後悔しないか』

『くどいぞ、ルーク』

『そうか……分かった』


最期に交わした言葉は実にミラらしい台詞だったと思う。ミラにも迷いはあったはずだ。だが、その迷いを払拭したのは他でもないジュード自身だ。本人にはまったく自覚はないが。どうして消えたのか。何のために消えたのか。それをきちんと理解しない限りジュードは前に進めないのだろう。ルークは目を閉じた。そして、観念したように階段を下りる。ルークがジュードに視線をやった途端に少年の目に宿る憎悪の炎。


「いつまでそうしているつもりだ、ジュード」

「ルークには関係ないよ」

「関係ない? レイアまで巻き込んでおきながらよく言う」

「別に助けてくれって言った覚えなんかない」

「ああ、そうだろうよ。お前はそれでいいだろうが、野垂れ死んで悲しむのは誰だ」

「さあ、誰も悲しまないよ」

「愚か者め。だからお前は何も分からないんだ。目を閉じ、耳を塞げば、そりゃ楽だ。何もしなくてもいいし、何も考えなくていい。いつ死んだって後悔もしないのだろう」


ルークはいい加減うんざりしてきた。一体何度同じ言葉を尽くせば彼は理解するのだろう。ミラは人を救いたくて逝ったのだと。


「ルーク! ジュードの相手しててくれたんだ。ありがと!」


レイアの空元気な声が響いた。ああ、笑いたくないのに笑っている。どうして彼女はこんなに優しいのに、どうして彼は彼女の優しさを分かってやらないんだろう。


「ルークは上行ってて良いから、ね?」

「……そうだな、そうしようか」


ジュードに背を向けて歩き出す。階段を登りきった頃、お決まりの音がした。レイアが作った食事がまた駄目になった。ずっとこんなことの繰り返しだ。毎日、毎日、毎日。まるで自棄になっていたあの頃の己みたいだ。外に出られなくて、箱庭に閉じこめられてたあの頃の。


「あ、ルーク……」

「また、駄目になったな──半分以上俺のせいだな」

「そんなことない! そんなことないから!」

「良いんだ、レイア。ジュードの気持ちを逆撫でしたのは本当だし」

「ごめ、ごめんね……私がジュードの傍にいてくれって頼んだから」

「レイアのせいじゃない。何も言われなくても俺はここにいたよ。どっちにしろ、行く宛てもない。なら俺はジュードの傍にいる。そう決めてる」


(約束してるからな)

最後の言葉は飲み込んだ。たぶんジュードは覚えていないのだろう。この旅が始まった頃、森で迷ったジュードと過ごしたあの雨の日のことを。


「さて、今度こそ外に出ているよ。また余計なことを言いそうだ」

「うん……また作り直さなきゃね」


ルークはレイアの頭を優しく一撫ですると小屋を出た。出てすぐにある階段に腰掛けてぼんやりと風景を眺めた。こんなに綺麗な風景の中に住んでいた彼らはもういない。ああ、嫌な思い出が蘇って吐き気がした。だが、一瞬で霧散する。


「何をしにきた──アルヴィン」

「あんたには関係ないことだから安心しろよ」

「質問に答えろ」

「……っ」


アルヴィンが拳を握り込んだのを視界の端に捉えた。不意打ちのように額を掴まれて後頭部をドアに打ち付けられた。ごつ、と嫌な音がした。強烈な痛みで一瞬視界が真っ白になる。


「あんたに恨みはないんだ」


だったらこんなことするなよ。言葉にはならない。真っ白になった視界が今度は暗くなる。ああ、駄目だ。小屋の中にはジュードとレイアがいるのに。ブラックアウトした。

──唐突に目を覚ました。まだ小屋の前で転がっている己を理解して、痛む後頭部を押さえた。瞬間、鋭い銃声が立て続けに聞こえてきた。素早く起き上がるとパレンジ畑に向かって走り出しす。

(あの馬鹿……っ!)

ズキズキと痛い。確かに多少油断はしていたが、これは情けなさ過ぎだろう。

(……っレイア、ジュード!)

息が上がって声にならない。すんでのところでレイア、ジュードとアルヴィンの間に滑り込んだ瞬間に衝撃がきた。何が起こったのか分からないうちに地面に崩れ落ちる。


「う、そ、やだ、やだやだやだっ……ルーク、ルークっ!」


吐息だけで大丈夫と言ったが、レイアは泣きじゃくりながら回復術を施している。視界の端にジュードとアルヴィンが殴り合いをしているのが見えて。

(やっぱり馬鹿だろう、あれ。何で怪我人ほっぽりだして殴り合いなんだよ)

死ぬような怪我じゃないのがせめてもの救いか。弾道が逸れて急所には当たっていない。後頭部の次は胸元がズキズキ痛みだす。鋭く突き刺すような痛みは確実に体力と理性を奪っていく。

(あー……痛ぇ。死ぬのだけはマジ勘弁なんだけど)

意識が何度も遠のきそうになるが、取り乱すレイアを放ってはおけない。どうしたものかと堂々巡り。微かに呻くたび、彼女の涙が増える。本気でどうしたものか。


「ルーク!」

「遅ぇよ、……この、馬鹿、っぅ……」

「今傷塞ぐから! だからっ……!」

「ああ……頼む、よ」


ジュードが来たなら大丈夫かとルークは目を閉じた。いよいよ半狂乱になったレイアの泣き叫ぶ声と、ルークと何度も呼ぶジュードの声が耳元で響いて消えた。

ふ、と目を開けてルークはあれと思った。何がどうしたんだったか。ぼんやりと天井を見つめていたら、視界の端に見慣れた黒髪が映った。


「ルーク! 目が覚めたの!? 身体は? 痛むところは?」

「少し落ち着け、ジュード。身体は怠いが痛みはないよ。お前たちの回復術が効いたな」

「よか、良かった……何日も目を覚まさないからもう駄目かと思った……」

「大丈夫だ、頑丈に出来てる。簡単に壊れたりはしないさ」

「壊れるなんて、そんな自分を物みたいに言うのはやめてよ! ルークはルークっていうたった一つの生命なんだから」


ルークは目を見開いてジュードを見た。彼は医者の卵だからそう言っても別に驚くことじゃない。が、つい数日前までその生命を粗末にしていた奴の言うことじゃないだろう。意趣返しのつもりで睥睨してやれば、途端にしょぼくれたようにベッド近くの椅子に座った。


「ごめん、ごめんね、ルーク。たくさんたくさん酷いこと言って。ずっと約束守ってくれていたのに」

「何だ、覚えていたのか。あんまりにも酷い言われようだったから忘れられてるのかと思ったぞ」

「忘れて、ない。けど、僕、僕は」

「いいさ、ミラを見殺しにした事実は変わらない。お前は俺を憎んで良い。それでお前の気が済むなら幾らでも憎め」

「無理だ、そんなの、できないよ。ミラは覚悟してた。分かってたのに、覚悟しきれてなかった僕は安易な道を選んだ。ルークを憎むことを……選んだ」


下を向いたままのジュードの言葉を一つ一つルークは聞いていた。ああ、何だ。ちゃんと分かってるじゃないか。分かってるなら、いい。ルークは緩慢な動作で起きあがるとジュードの頭を撫でた。そうしたら突然抱きしめられた。柔らかに閉じ込められる。温かな腕の中。

(子供のくせにたまに大人だ。……これはこれで悪くない)

ルークは微かに笑ってジュードの胸にすり寄った。ジュードが動揺したのが分かったがルークは悪戯っぽく笑って彼の動揺を無視した。



(あー!! ちょっとジュード! 病人に何してるの!!)
(え!? あの、これはね、ちょ、棍振り上げないで、レイア、レイアってば!)
(問答無用ー!!)
(あはは、頑張れジュード)
(棒読みで言われても嬉しくないよー!!)
(観念しなさい、ジュード!!)
(うわああぁぁ!!)




切なる願いに秘めた想いの形





──────────
エクシリアのお話、やっと書けました。
ジュドルクのつもりで書いたけど、ネガティブジュードの時の話にルークが混じっただけになった、苦笑。
いいや、私は満足!
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