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大学に通うようになった今年の四月。順調な大学生活を送っていたジュード・マティスは現在進行形でとても困っていた。なぜ困っているかというと……。


「にー!」


猫種特有の耳をぴくぴく動かしながら赤毛の子猫はジュードを見上げている。気がついたらなぜかジュードの後ろを付いて歩いていて、服の裾を掴まれているから無碍に振り払えない。こんな小さなヒトペットが教育者(エディケイター)と一緒にいないのはかなりおかしい。おかしいんだが、迂闊に警察にも連れていけないし、かと言ってお役所なんて以ての外。不審者扱い受けて……その先を想像してジュードは頭を抱えた。とにかく家に帰ろう。それ以外のことは後で考える。そう決めたジュードは子猫の手を引く。びっくりしたように翡翠の瞳が真ん丸になったが、嬉しそうに一鳴きすると子猫ははしゃぐようにジュードの手を引っ張った。何かを言おうと口を開けるが言葉が出てこないらしい子猫の頭を優しく撫でてやるとまた嬉しそうに鳴いた。


「ジュード君、ここ、託児所じゃないって何度言えば分かるんだよ」

「こ、今回は僕に落ち度はないよ!」

「そういう問題じゃない。エリーゼの時は運が良かったって言ってんだよ。もうローエンに頼めないだろーが。お前、どうすんのよ」

「僕が引き取るって決めてる。……問題は申請の方。ガイアスに相談してみようかな……」

「お、今回はブレてないじゃないの。でもね、ジュード君。その子、この部屋で面倒見るってなったら俺の許可とサインが必要だってことももちろん分かってる?」

「分かってる。アルヴィンは反対なんだね。……満更じゃないくせに」


ジュードがルームシェアしているトリグラフ地区の部屋に帰ってから押し問答しているうちに赤毛の子猫は同居人のアルヴィンによく懐いた。アルヴィンも好きにじゃれつかせているし、たまに遊んでやってもいる。これで面倒を見ることに反対などと言っても説得力など皆無だ。そのことをよく分かっているアルヴィンは渋い顔をした。


「で、書類貰ってきたのか?」

「まさか。この状態でお役所に行ったらどうなるか、想像つかない?」

「だな。悪い、野暮なこと聞いた。んじゃ、バランの奴に頼んどくか」

「うん、お願い。バランさんにもお世話になりっぱなしだな……ちゃんとお礼言わなきゃ」

「そんなの気にするなよ」

「気にする」


ジュードはため息一つこぼした。ひとしきりアルヴィンにじゃれついて満足したらしい子猫はジュードの方に戻ってくるとじっと見上げた。


「そうだ。君の名前は何て言うの?」

「な、まえ?」

「そう、何て呼ばれてたか分かる?」

「るーく」

「ルーク。うん、良い名前だね」


聖なる焔の光──すごい名前だ。汚れた服を着替えさせた時、布地がとても高級なものだったことも合わせて考えると、それなりに裕福な家庭で育てられていたことが窺える。にも関わらず、街中に一人でいた。何かの事件に巻き込まれたのだろうか。


「なまえ」

「僕? 僕はジュードだよ」

「じゅーど」

「うん、そうだよ」

「よろし、く?」

「こちらこそ、よろしく!」


ルークは嬉しそうに一鳴きすると今度はアルヴィンを見上げた。


「なまえ!」

「俺はアルヴィン。よろしくな、ルーク」

「あ、ある、……あるびん!」

「言いにくいだろ。アルって呼べばいいさ」

「ある! よろしく!」


良かったねと言いながら頭を撫でてやると喉をぐるぐる鳴らす。とりあえず今日は時間も遅いし寝かせよう。アルヴィンに就寝の挨拶をするとジュードはルークを促してベッドに潜り込んだ。エリーゼがこの部屋にやってきた時もそうした。子供の体温は少し高くて、今日は凍えることはないだろう。ルークがすぐに寝息を立て始めて、ジュードは微笑んだ。母親に寝るのが早い子供で助かったとジュードのことを評していたのを思い出したからだ。子供というのは寝付きがいいものなのだろうか。そう思いながらジュードは目を閉じた。



目覚ましの音でふ、と目を覚ましたジュードはベッドに一人きりだということに気が付いて一気に覚醒した。確か昨日はルークと一緒に眠ったはずだ。そう思って飛び起きるとリビングに駆け込んだ。


「こら、髪の毛引っ張るなって。お、ジュード君、おはよう。俺が子猫ちゃんの相手してるからジュード君は朝ご飯頼む。さっきからお腹空いたってうるさいの何のって」


言われて時計を確認すれば午前七時前。ヒトペットは決まった時間に決まった量の食事をするのだ。さしものジュードもすっかり忘れていた。少し恥ずかしくなったが、気を取り直して服を着替えるとエプロンをつけた。メニューは以前買ったヒトペット料理本を参考にして年齢に見合った味付けと量を決める。基本的に猫が食べられないものは猫種ヒトペットも食べられないのが基本であるため、そういう食材は避ける。例外的に人とヒトペットの混血はそれが適応されないが、そういう子供は稀だ。滅多にお目にかかれない。特にこのトリグラフ地区では。というか、エレンピオス全体がヒトペットという存在に拒否反応を示す。逆にリーゼ・マクシアにあるラ・シュガルやア・ジュールではそういう子供が生まれても寛容だ。どちらの側に行っても受け入れられる素地ができている。別にエレンピオスが遅れているとかそういう問題ではなく、単に歴史や文化の違いから来るものだ。エレンピオスではヒトペットの歴史が浅く、きちんとした法整備ができていない上、人々の中にヒトペットの文化がきちんと浸透していない。それが結果的にヒトペットに対する偏見を生み、彼らを淘汰するような団体すらできてしまったのだ。だから、ヒトペットと生活するにはけして住み良い場所ではない。が、医療技術が発達していることで有名であるため、リーゼ・マクシアから多くの学生たちがやってくるのだ。ジュードもその一人である。実際に来てみてかなり進んだ技術であることが分かって、これをヒトペット治療に役立てられないか、研鑽を積んでいる真っ最中だ。教授には睨まれてしまったが、ジュードはそれが目的で来たのだ。今さら引き下がることなんてできない。

(偏見がここまで酷いとは思ってなかったけど)

ジュードは深いため息を吐いた。無邪気な子猫の鳴き声を背後に聞いていると少し羨ましくなってくるのを我慢しながらジュードは料理に集中した。
男二人分の食事とルーク専用の食事を手早く仕上げるとダイニングテーブルに置いた。子供用の高い椅子にルークを座らせてアルヴィンはいつもの指定席座る。となると必然的にルークの食事の世話はジュードの役割になった。


「アルヴィン、急がなくて大丈夫? 今日、研究所に行くって言ってなかったっけ」

「あ、やべ」


アルヴィンは素早く食事をかき込むと上着を羽織って、焦ったように部屋を出て行った。ルークが目をぱちくりさせてジュードを見上げた。


「ある、どうしたの?」

「お仕事に行ったんだよ」

「おしごと」

「うん」

「いそがしい?」

「そうだね。最近は忙しいみたいだよ。今日も遅くなるんじゃないかな」

「おそい……」

「代わりに僕がたくさん遊んで上げるね。今日は大学の授業がないから」

「あそんでくれる?」

「うん」


嬉しそうに鳴いたルークの頭を撫でてやる。遊んでもらえると分かって気を取り直したらしい。むぐむぐと一生懸命食べている。ジュードもルークに合わせてゆっくり食べ始めた。時々、口元を拭いてやりながら子猫の様子を観察する。特に体調が悪いということはなさそうだが、小さければ小さいほどちょっとしたことで病気になったりするのだ。あまり潔癖になり過ぎるのはどうかと思うが、用心するに越したことはない。


「ごちそーさまー!」

「お粗末様でした」


ルークの元気な合掌の後、食後のミルクを差し出す。やはり頑張って飲んでいる姿がどうにも微笑ましい。ぷはっと言って全部飲み終えたと全身で伝えてくる。背中をとんとん叩いてやるとゲップをした。口元についたミルクを拭ってやり、椅子から降ろすとルークはソファに突撃していた。独特の柔らかさがどうやらお気に入りらしい。ジュードは苦笑すると食器を片付ける。が、その間にルークはジュードにじゃれつきだした。ついさっきまでソファにしがみついていたというのに。元気だなあ、と呑気に思いながら洗い物を終えた。それから洗濯機を回してからルークを抱き上げてソファに座る。はしゃいでにーにーと鳴いている子猫の耳を掻いやる。
年齢の割に言葉や情緒の発達に遅れがあるようだが、その辺りはこれからでもどうにかなるので問題はない。問題はこの人懐っこさだろうか。この調子だと誰にでも懐きそうな勢いだ。


「じゅーど」

「何?」

「ひとが」

「人? って、わああ!」


気配なく背後に居たものだからジュードは思わず声を上げた。しかも、鍵かけてたはずだと思って、その疑問を口にしようとしたが。


「合い鍵を預かってきた。アルヴィンは一体何本合い鍵を持っているんだ?」

「さあ……僕もそろそろ分からなくなってきたよ──あのね、インターフォンあったよね? 人の部屋に無断で上がり込むなんて失礼だって思わないの、ミラ?」

「む、それは済まなかった。預かり物を早く届けてやりたくてな」

「預かり物?」

「ああ。その子猫の件、アルヴィンからローエンに話がいってな。ほら、ぬいぐるみだ」

「何でまた子犬ラピード?」

「さあ? 知らんがローエンは気に入るだろうと言っていたぞ」


彼女の言った通りにルークは大喜びでラピードのぬいぐるみを抱きしめていた。よしよし、と満足げにルークの頭を撫でる彼女、ミラ=マクスウェルはマクスウェル財閥のお嬢様でたまに常識外れなことをする。こんな風に知った仲の友人の家にインターフォンを押さずに入ったり。


「あ、ミラってば、また靴脱がずに入ってきたの!?」

「むむ、済まない……またやってしまったようだ」

「ああ、落ち込まないで。良いから靴脱いできて。今、お茶を出すから」

「うむ、分かった」


ジュードは膝に乗せていたルークを隣に降ろすとキッチンに向かう。が、ルークもジュードの後ろを付いてきている。しっかりと服の裾を掴んで。

(これ、昨日と同じ……寂しいのかな……?)

ミラの分のお茶を準備してリビングに戻ってくるとミラはお行儀良くソファに座って待っている。ルークはジュードの傍を離れてミラの隣にちょこんと座る。


「なまえ、るーく!」

「おお、元気だな。私はミラ。よろしく、ルーク」

「みら、よろしく!」


ほわほわ笑うとルークはまたジュードの傍に戻ってくる。どうやらルークはジュードがいるかいないかの基準で人に近付くらしい。今のところ。少し嬉しくなったジュードはルークに柔らかく笑って見せた。


「ジュードによく懐いているな」

「アルヴィンにも懐いてるよ」

「最終的にジュードのところに行くとアルヴィンが言っていた。ルークはジュードを母親のように思っているのだろう」

「母さん、か。僕、これでも男なんだけどなあ」

「男であることなど大した問題ではあるまい。要はルークにとってお前は安心して傍にいられる相手ということなのだろう」


ジュードはそうだと良いなと言いながらルークを見るとルークはふにゃりと笑い返してきた。当分このとんでもなく可愛い子猫に振り回されるんだろう。でも、きっと嫌な振り回され方ではないと確信する。




じゅーどといっしょ









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ぐだぐだだけど終わった……。
ごめんなさい、欲しいって言ってた方。
でも出来たので、欲しい方、遠慮なく貰ってください……!土下座
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