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彼はとにかくいろいろ謎だ。ミラやアルヴィンも謎ではあるけれど、彼に関しては二人以上に謎が多い。例えば出身地。彼曰わくキムラスカ・ランバルディア王国の王都バチカルに住んでいた、らしい。しかも結構名の知れた大貴族で、母親の血筋の関係で王位継承者だったとか。ある時は帝国、という国で騎士団に所属していて隊長格だったとか。聞いたこともない国の名前や人の名前に何度眉根を寄せたことか。
ジュード・マティスは隣を歩く青年を僅かに見上げた。彼、ことルーク・フォン・ファブレは朱金の長い髪の毛と翡翠の瞳を持つ二十七歳。年齢の割に身長が低く童顔であるためか、よく若く見られることが多い。本人はかなり気にしているようだ。


「ジュード、今日は野宿だ。準備を急ごう」

「え? まだ先に進めそうな時間だけど良いの?」

「ああ、しばらくしたら一雨来る。お誂え向きに安全な洞窟も見つけたしな。降らないうちに薪を集めよう。薪が湿っていると火を起こしにくいからな」

「分かったよ。じゃあ、あっち探してくるね。すぐ戻るから」

「森には入るなよ。途端に迷子になる。特に雨が降ると地盤も弛んで滑りやすくなるから」


まるで子供扱いだ、けど仕方ない。彼と己の年齢差はとても埋められるものじゃない。時々嫌になる。


「あ」


雨が降り出したのに気がついてジュードはため息を吐いた。しかも闇雲に歩いていたらしい。いつの間にか森の中にいる。ルークの声が頭に響く。

(「ほら、言わんことはない。目的が見えないのは理解できるが、とりあえずどこに行きたいか、とりあえずどうなりたいのかくらいの決め事はしておけと言っただろう」)

頭を抱える。どうしたいかの問いの答えは薪を探したい、だ。そう、今のやるべきこと。だが、見失ってこの様だ。

(これってお説教コースだよね、明らかに……)

髪の毛から滴る雫が邪魔になって頭を振る。これ以上濡れるのは御免とばかりに付近にある大樹の下で雨宿り。雨あしは強まるばかりで止む気配はない。きっと心配されている。この状態、どうしてくれよう。


「まったく言わんことはない」

「あ、……ル、ルーク、あの」

「言い訳はいい。とにかくあの洞窟に避難しよう」

「う、うん」


ぼんやりと雨を眺めている間に現れたルークはジュードに雨除けのマントを手早く着せると、手を引いて走り出した。洞窟に入ると今度はマントを脱がせて、服さえ脱がせようとボタンに手をかける。


「わ、わあ、あの、自分で脱げるから!」

「男同士じゃないか。何を恥ずかしがってるんだ?」

「いや、あの! あのね、ルーク」

「何だ。だからさっさと脱げと……」

「脱ぐ脱ぐから!」


ジュードは渋々といった体で服を脱ぎだした。服が濡れているのは理解してるし、脱いで乾かした方が良いのも分かる。分かるが、脱がされるのは男としてどうかと思う。しかも、ルーク自身がどちらかというと女と見紛うばかりに美人だから余計だ。

(あーもう……本気で情けない)

そうしてジュードが葛藤している間にルークは白の上着を脱ぎ、黒いインナー姿になると、編んでいた三つ編みを解いた。水分を吸って重くなっているせいか、少し鬱陶しそうだ。ベルトを抜くとすとんと穿いていたショートパンツが落ちる。ついでにロングブーツとソックスまで脱いで乾かしにかかっている。ジュードは思わず赤面した。別に何てことのない仕草に一々胸がどきどきする。ぱんと音をさせて服を伸ばすと壁と壁との間に木の棒に干しているのを見て、ジュードも自分の服を干した。元の場所に戻ろうとしてジュードはルークに手を引かれた。


「ジュード、眠ると良い。どのみち今日はここで夜明かしだ。ほら、膝を貸すから」

「は、はい!? 大丈夫、大丈夫だから!」

「何だ、俺の膝は気に入らないか? 男の膝だから色気もクソもないが、他にないから仕方ない」


ルークにはひとかけらの悪気もないから質が悪過ぎる。こっちの身にもなってほしい。ただでさえ、子供扱いされて情けなくなっている上に、失態続きでさらに撃沈していて、さらには男相手にときめいてるし!
脳内で大混乱していたジュードははたりと固まった。ルークが不思議そうに見つめているのも無視してある一点を見た。


「ルーク、男って言ってたよね」

「言ったな。いつもの癖で」

「なら、その胸の膨らみ何」

「む、あ……包帯が解けてる。し、しまったぞ…………お、俺は嘘を吐いてないぞ。確かに男だった時期もあるし。今は生物学上、女に分類されるが」

「聞いてない!」

「そ、そりゃ、いいい今初めて言ったからな!」

「何で……」

「お前たちが何も聞かなかったから、お、俺も何も言わなかった。それだけだ……!」


ルークは焦っていたが、仕方ないとばかりにジュードを無理矢理寝かせた。枕はもちろんルークの膝。薄手の毛布をかけられて、あまつさえ頭を撫でられた。柔らかく微笑んでいる彼、もとい彼女はまるで。ジュードは胸を突かれたような気がした。泣きたくなる衝動を堪えながら目を閉じるとまた一撫でされる。いろいろな複雑な感情を無理矢理抑え込んでジュードは目を開いた。


「眠れないのか?」

「誰のせいだと思ってるの」

「あはは、俺のせいだな!」

「笑い事じゃないから!」

「うーん……じゃあ少しだけ昔々の話をしようか。俺にとってはそう昔の話じゃないけど」


どこから話すかな、と迷って結局、始めから話すことに決めた、らしい。ジュードにはそう見えた。


「俺がリーゼ・マクシアの大地を踏んだのは今から数えて二十年前だ。ラ・シュガルとア・ジュールとの間で起こったあのファイザバード会戦の真っ只中。ああホント、あれは嫌な記憶。前の時も戦場の真っ只中に落ちたからな。もっとマシなところに落としてくれりゃあいいのに。肝心なところで役立たずなんだよ、あのクソ意識集合体め……!」

「ねえ、誰に八つ当たりしてるの……?」

「あ、悪い。話が大脱線した。──とにかくさ、戦場の真っ只中に落ちたんだよ。ラ・シュガル兵からもア・ジュール兵からも攻撃されるし、嫌な感じがして背中はじりじりするし、そしたら引き潮始まるし!」


間違いなく津波の前兆だ。でも、戦場の中でそれに気づけた人間はどれくらいいたのだろう。大多数は目の前の敵だけで精一杯だったはずだ。普段なら冷静に判断できる人でも理性が鈍っていたはずだし、戦場の、あの独特な高揚感に呑まれていたっておかしくない。貪欲に勝ちを求め、突き進み、その先は。考えたくないとジュードは思考を放棄した。


「とにかく高台に逃がせるだけ人を逃がした。結局救えたのは僅かな人々だけだったけどな。あの時、あの津波に飲まれてどれほどの人々が逝ったのか。正確な数など分かりはしない。分かっているのは数え切れない人々がこの世を去ったという事実だけだ」


そこに介在したはずの彼らの感情も、感傷もすべて流されてどこかへ消えてしまった。何一つ残らなかった。ルークは苦しげに眉根を寄せ、目を閉じた。あれから二十年の時が経ち、ファイザバードは未開の土地になった。一定の季節にならなければ通り抜けは難しく、余程のことでなければ誰も近づかない。嫌な記憶ばかり残る場所にいったい誰が行きたがるものか。


「ラ・シュガルとア・ジュールとどっちの兵士も助けたからさ。後で困ったことになってな。場所がラ・シュガル側の高台だったから結局、捕虜扱いでイル・ファンに連行されることになって……非常時だったからってイルベルトは分かってくれたが、ラ・シュガルの多くの兵士たちは納得しない。だから捕虜ってことになったわけ」

「イルベルトってあのイルベルト!? 指揮者(コンダクター)の!?」

「ああ、確かそう呼ばれていたか。随分と有名なんだな」

「有名なんてものじゃないよ。ラ・シュガルだけでなくア・ジュールにまで恐れられた天才軍師なんだから」

「天才軍師、か。そうは見えなかったが」


ジュードはさらに驚いて目を見開いた。そんなジュードを眺めながらルークはあの時の彼は確かに天才軍師ではなかったと思った。ただ、愛おしい女性を喪って悲嘆に暮れるただの男だった。見た目には分からなかったが、そうであったと確信がある。それはその後のナハティガルの態度からも明らかだ。そうでなければルークも再びファイザバードに行ったりしなかったし、偶発的に生じた時空の歪みに吸い込まれることなどなかった。それとも世界が予定調和を崩されることを嫌ったのか。己がここにいること自体がイレギュラーだから世界は己を消したかったのか。


「ルーク?」

「ん? ああ、すまない。どこまで話したんだったか」

「イル・ファンに連行されたってとこまで」

「イル・ファンにいる間はとにかく大変だったな。ア・ジュールの兵たちを何とか故郷に帰せるよう根回ししたり、船を手配したり……まあ、その過程で条件付けられたけど」

「どんな?」

「ナハティガルの妹キャリーの遺体をファイザバードから連れ帰ること──津波が起こってからかなり日数経ってたのもあってな……生存は絶望的だろうから、と。ナハティガルは生存を信じていたようだが」

「見つからなかった?」

「ア・ジュールの兵たちは何とか送り届けられたんだが、ファイザバードで予期せぬ事態に巻き込まれた。偶発的に生じた時空の歪み吸い込まれたんだ。で、気がついたらイル・ファンにいたというわけだ──二十年後のな」

「じ、じゃあ、二十年の間に何が起こったとかは全然知らないってこと?」

「ああ、何も知らない。だから驚いた。あのナハティガルがあんな強権政治を敷いているとはな。あれほど優しかった男が、な……俺がせめてキャリーの遺体を連れ帰ることが出来ていればこんなことにはならなかったんだろうか」


ジュードには分からない。連れ帰ることができても、やはりこの道を辿ったのかも知れないし、そうでないのかもしれない。炎で複雑な光彩を放つ彼女の瞳をジュードは見つめた。


「ルーク」

「ん?」

「寂しいの? ナハティガル王が変わってしまったことが」

「寂しい? うーん、どうだろう。分からないな。うん、分からない」


分からないと言ったルークの表情はとても寂しそうだった。長い髪の毛に柔らかく触れた。そうすると驚いたように見開かれた彼女の瞳。


「僕がいるから。だからルークも傍にいて。僕が間違えないように見てて」

「……うん、分かった」


ルークは照れたように頬を朱に染めた。ああ、どうして。どうして、彼女はこんなにも。



遠くて近い、君の心を奪えるなら





──────────
やっと前半部分書けたー!
ここを読まなきゃ意味不明だよって感じだと思う。
本気で。
そして、ルークが立派な大人の女性でごめんなさい。
でもね、胸は潰せるくらいちっちゃいんだよ!
だから男だって言ってもバレないの!笑
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