-->作品保管庫 | ナノ



ついこの間終わったばかりの恋はすでに遠い彼方にある。今の彼女には始まってもいない恋に夢中だ。おかげでお菓子作りの特訓も順調で彼女、ルーク・ファブレのお菓子の師であるアスラン・フリングスも大忙しだ。甘いもの大好きだというルークの想い人はアスランもよく知る人物で、しかも保険医だ。そのせいか、ルークは大人と子供の違いに戸惑っているようだ。彼、ユーリ・ローウェルは若輩ながらどこか悟ったところがあるようで、子供には興味がないと言って憚らないし、そのことでルークが背伸びをしている。アスランはそのことが気になって仕方なかった。
誰かを好きになることは悪いことではない。ただ状況によっては悪いことになりかねないという危険性を孕んでいるけれど。例えば、ユーリの両親。それなりに名の知れた名家の主が妻以外の女性に溺れるなどあってはならないことだ。間に生まれる子供が不憫だ。特にユーリは母親を亡くしてから苦労しているだけになおのことそう思う。本人は別に気にしていないと言っていたが、それはそれだ。表面で思うことと、深層で思うことは別の話だ。乖離して心を壊すこともある。アスランはため息を一つ吐いた。


「アスラン、どうかした?」

「いえ何も。ほら、ダマになってしまわないうちに混ぜてください」

「はぁい」


今日のメニューはルークのリクエストでシフォンケーキだ。助けてもらったお礼にと以前作ったケーキだ。と言っても作ったのはほぼアスラン。それを見破られたのが相当に悔しいらしい。ルークの可愛らしい一面に頬が緩む。恋は盲目と言うけれど、彼女はそれすら魅力に変えてしまう魔法を持っている。微笑ましいと思う反面、心配になるのは幼い頃から彼女を見守ってきたからか。アスランはお菓子作りに夢中になるルークを見つめながら複雑な心持ちになっていた。



ルークは朝起きると一目散に冷蔵庫に向かった。目当ては昨日苦心して作ったシフォンケーキ。己がメインで作ったにしてはかなり良い出来映えだ。ふにゃりと笑うといそいそとラッピングを始めた。この際だから目一杯可愛いラッピングにしてやろう。それで先生を思いっきり困らせてやるんだ! その様子を見ていたシェフたちは彼女にまた春がやってきたんだな、と表情を綻ばせた。失恋をするたびに顔をくしゃくしゃにして泣いているのを知っているだけに心配ではあるのだが。今度こそは上手くいってほしいものである。ラッピングを手早く終わらせると大事に抱えて部屋へ戻る。そうして制服に着替えると、朝食もそこそこに鞄とラッピングしたケーキを自転車の籠に入れて慎重に漕ぎ出す。彼女を送迎しようと待機していた運転手は今日も仕事がない。合掌。少しだけ早く出てきたからまだ風が冷たい。でも逆に気持ちがすっきりする。自転車に乗ったまま校門を通り過ぎて駐輪場まで。グランドも校内も人がまばらでルークは思わずガッツポーズした。これなら人目を気にすることもない。鞄片手にラッピングされたケーキを両手に抱える。勢い余ってワンホールケーキになってしまったけれど、彼なら嬉々として食べてくれそうだ。保健室の前で乱れた髪の毛や制服を手早く直して、いざ。


「今朝はずいぶん早いな、ファブレ」

「へ?」

「間抜けな返事。ま、そこがファブレらしいってことか。入れよ、用があるんだろ?」

「は、はい、うん、そうなんです」


背後からの声にルークは派手に固まった。くつくつと喉元で笑いながら声をかけた張本人のユーリは保健室の鍵を開けて、ルークを室内に導いた。ユーリは上着を脱いで白衣を着るとデスクに座ると日誌に何かを書き付ける。そうしてルークの方に向き直った。


「待たせて悪いな。ほら、椅子に座れよ。珈琲と紅茶どっちがいいんだ?」

「ぜひ紅茶でお願いします」

「茶葉は?」

「オレンジペコーで」

「りょーかい。本格的に淹れたいところだが、ティーパックで勘弁な」

「お気遣いなく」


ルークが無駄に緊張しているのに気がついてユーリは微かに笑った。そういうところがまだまだ子供だと思う反面、可愛いとも思う。かなり不本意ながら。すぐに大人になる年齢、だが、それでも相手は未成年でしかも勤務している学校の生徒。有り得ないだろう、普通。ユーリは良い具合に色濃くなった紅茶の入ったカップをルークに手渡した。


「良い匂い。どこの銘柄ですか?」

「企業秘密。と言いたいところだが、セイラン爺さんにたまに分けてもらうんだよ。それをパック詰めしただけのシロモノ」

「セイランが? 嘘、有り得ない。……あ、例外がいるってユーリのことだったんだ」

「は? 有り得ないってどういう」

「うん、あのね、セイランってね、商売のことになると絶対手を抜かないの。だからお店の商品になるものを分けることは絶対にしないし、アスランにもそれを許してない。その辺は息子だから余計きびしくしてるんじゃないかな」

「セイラン爺さんって実は恐い……?」

「ドン・ホワイトホースの次くらいに」


ドンの次か。そりゃ恐い。内心汗をかく。ユーリの目には好々爺としか写らなかったが、そうではないらしい。ふとルークの鞄に目をやった。その隣にいっそ仰々しいほどに可愛くラッピングされた箱が一つ。目聡く気がついたルークはそれをユーリに差し出す。やっぱりか。中身は甘味だろう。己が甘いもの好きだということはすっかりバレてる。


「この間のリベンジ。形はあんまり良くないけど味はアスランの保証付き」

「なら絶対美味いな。今食べる」

「……朝からケーキって、ローウェル先生って贅沢過ぎだよ」

「持ってきたのはファブレだろ。甘いもので俺を釣って何を引き出す?」


悪戯っぽく笑うユーリを見ながら別に何を引き出すつもりのないルークは一言。


「お友達からで良いのでお付き合いしてください」





メランコリックな恋
(……直球な言葉しか思いつかない俺って何かもう、かなり、駄目だ。もっと他に言葉がないのか、俺)










ーーーーーーーーーー
お待たせして申し訳ありません……土下座。
告白話になりました。
いつか書こうと思ってたものなので、すでにアイディアはありましたが、ここまで話が脱線するといっそ清々しいです、はい。
返品不可です、受け取らなかった場合は自動的に消滅します。
嘘です、ごめなさい。
とりあえず読んで要らなかったらポイしてください。
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -