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作品保管庫 | ナノ
少女はオーブンと睨めっこをしていた。中にはアップルパイ。久方振りに少女の母のシュザンヌ・ファブレが作りたいと言い出し、少女はそれに巻き込まれた形だ。
少女の名はルーク・ファブレ。テイルズ学園高等部二年の十七歳。彼氏募集中ではなく、彼氏になりそうな人に出会ったのでお友達の関係になったばかり。
「ん、そろそろいいかなー?」
甘く香ばしい匂いが鼻を掠めてルークは頬を緩ませた。
「母さん、そろそろできるよー?」
「はいはい、少し待ってちょうだいね。せっかくだからお客様を呼びますからね」
「お客?」
「そう。私がお世話になった方のお子さんよ」
「ああ、前に言ってたアップルパイのお師匠様のこと?」
「ええ、アイリはもういないけれど。せめて恩返しがしたくてたまにお茶会に招いているの」
「そっか」
キッチンに戻ってきて、オーブンの中を覗く母を見ながらルークは少し驚いた。さすがのルークもそこまでは知らなかった。たまに誰かを招いているらしいくらいにしか思っていなかったから。そういえば兄のアッシュが少し不機嫌そうに顔をしかめていたような……?
「お皿の準備はできたの?」
「ん、ここにあるよ。切り分け用のナイフもあるし、後はお茶の準備だけ」
「じゃあ紅茶をお願い」
「珈琲じゃないんだ」
「ふふ、彼、根っからの甘党さんなのよ」
ルークはきょとんとした。確かに男の人で甘党なのはもうそんなに珍しくないけれど。何だか可愛いなと思った。
焼きたてのアップルパイを皿に盛り付け、お供の紅茶とともに中庭にお茶会用にセッティングされた柔らかく丸みのあるホワイトカラーの机に並べてゆく。そうしているうちにファブレの執事であるラムダスが来客を告げた。
「まあまあ、いらっしゃいませ! 待っていましたよ」
シュザンヌの嬉しそうな声にルークは準備の手を休めて顔を上げた。そして、ぴたりと固まる。
「ローウェル、せんせ?」
「……だから嫌だって言ったんだ」
ユーリ・ローウェルは苦虫を何匹も噛み潰したような顔で呟いた。その隣には。
「エステリーゼも?」
「お久しぶりです、ルーク! 私のことはエステルって呼んでください。ユーリが呼びにくいからって愛称を付けてくれたんです!」
ピンク色の髪の毛の少女はエステリーゼ・ヒュラッセイン。ヒュラッセイン財閥の息女で、ルークとは学校が違うが、パーティーなどでよく顔を合わせている。
ルークはよく分からないという顔でシュザンヌを見た。
「ユーリ君はね、ヒュラッセインの子供なのよ。いろいろあってね。エミルとアイリは愛し合っていた。だから彼は生まれたのよ」
「どういうこと?」
「鈍い子ね。少しは察してちょうだい」
「………………あー……うん、ごめんなさい……」
数分悩んで思い当たるとルークは素直に謝った。
ユーリはヒュラッセインの現当主エミルと本妻ではない女性アイリ・ローウェルの子供なのだ。いわゆる不倫、だ。何だか複雑な気持ちになってルークは視線を落とした。愛あるお付き合いは素晴らしいと思う。けれど、さすがに不倫までは許容し難い。当時すでに人妻だったシュザンヌはどんな気持ちだったのだろう。人の恋路をとやかく言ったりはしなかっただろうが、やはり心中複雑であったに違いない。
「アイリは別にエミルのこと、どうとも思ってなかったみたいなんだけどね。エミルがあまりにも情熱的だったから絆されてしまったんですって」
「…………エミルさん、盲目的なところがあるんだな」
「ええ、夫としてとても最低な行為をした人」
やはりシュザンヌは複雑そうな顔をした。
本妻、エステルの母アンナはさぞ嘆いたことだろう。いや、離婚すら考えていたのかもしれない。
「アンナもね。アイリのこと、とっても嫌っていたわ。当たり前ね、彼女は正式にエミルと認められた仲なのに、そうではない女性が現れてエミルを奪おうとしてるんですもの」
だが、アイリはユーリがお腹にいると分かった時点で姿を消した。シュザンヌの前からも。突然ファブレの屋敷を辞めて、どこに行くなど肝心なことを告げずにアイリは消えて。密かにエミルは探していたようだが、結局見つかったのはアイリの死後のことだった。
「アンナさん、先生を引き取るの、よく承諾したな」
「はい、すごかったです。とんでもない修羅場でした……」
エステルが遠い目をした。居合わせたのか。それは、嫌だろう。ルークでも嫌だと思う。突然父親が不倫相手の子供を連れてきて認知して引き取るなんて言い出したら。そりゃあ骨肉の争いに発展したっておかしくない。
ユーリが一つ息を吐いたのを見た。おそらくユーリは引き取ってもらわなくてもいいと思っていたのかもしれない。むしろエミルを憎んでいたっておかしくない。やはりルークは複雑だった。
「さぁさ、このお話はもう止めましょう。ユーリ君、エステリーゼさん、お座りになって。お茶会を始めましょう」
アップルパイを切り分けて、小皿に盛り付けるとルークはそれぞれの手元に置いた。紅茶はシュザンヌが丁寧にティーカップに流し込み、ユーリの分には多目に角砂糖を落とした。相変わらず甘党なんです? とエステルに聞かれてユーリは別に良いだろと頬に朱を走らせた。それをルークはぼんやりと見つめて、羨ましさと、よく分からないどろどろした気持ちが込み上げた。二人は兄妹だ。仲が良くたって不思議じゃない。でも。
「ルーク、どうしたんです?」
「あ……ううん、何でもない。……何でもないよ」
声は上擦ることはなかったけれど、思った以上に動揺している自分に驚いた。アップルパイにフォークを入れ、口に含むと甘酸っぱい風味が広がって、何だか切なくなった。
(君の隣に座りたい)
静かな午後に君と僕
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祝いのつもりで書いたけども、お見舞いってことでお願いします。
でもユリルクっぽくないっていう。
でもユリルクと主張しておく、笑。
そしてアップルパイもあんまり関係ないっていう。
……ごめんなさい、土下座。