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どうしてこんなことになったんだろう。やっとここまで来たのに。全部が頓挫しそうになっている。己のやってきたことは無駄だったのだろうか。本当に呆気ないほどに、悲しくなるほどに、終わろうとしている。泣きそうになるのを堪えきれず彼女は涙を流した。





直属の上司であるジェイド・カーティス並びにアスラン・フリングスの命令でアニス・タトリンはライマ現国王ピオニー九世の使い走りをしていた。
ライマの中枢は大規模な反政府クーデターによって混乱を極めている。そのため情報が錯綜し、どの情報がどの程度信用の置けるものか確認せねばならないのだ。おかげで手を打とうにも打った手は後手後手に回り、身動きが難しくなってきている。このままだと本当に王宮が落ちる。ここまで正確に打つ手を阻まれると、疑いたくもない疑いが生まれる。

内通者がいる。

ピオニーの周りの誰かが情報を漏らしているのではないか。アニスは頭を振って疑念を振り払う。今はそれでも奔走するしかない。ピオニーはまだ諦めていない。諦めるにはまだ早い。そう言って自らも駆けずり回っているのだ。


「聖なる焔」


至極小さな声でマントの男に話しかけると応じるように『再生の灰』と答え、誘うように人気のない路地に入っていった。分かり易過ぎる合い言葉だが、民衆はファブレ兄弟の名の由来までは知らない。それがせめてもの救いだが。


「あまり出歩かれないようゼーゼマン参謀長に言われておられたのではないのですか?」

「言われたよ。けど、俺だけぼんやりもしてられんだろう」

「旗頭はあなたなんですから、もう少し自重とかしましょうよ」

「い・や・だ」


思わずお前は子供かと言ってやりたくなったが、さすがにそれは不敬にあたるので止めておく。何せこの男がライマ国を統べる王ピオニー九世なのだから。マントで隠れてはいるが金髪碧眼の整った甘いマスクは多くの女性を虜にしてきた。本人はまったく興味がないようだが。ちなみにジェイドやアスランなら間違いなく嫌味の一つや二つ言ったに違いない。特にジェイドなどは絶対零度の笑みを浮かべていたことだろう。くわばらくわばら。想像しただけで背筋が凍る。


「冗談抜きに単独行動は避けてくださいね。何かあれば事なんですから」

「へいへい……ったく、ジェイドもアスランもとんでもないお目付け残して行きやがって」


ぶつぶつと文句を垂れるその口を塞いでやりたい。いいかなとか思った瞬間に殺気が飛んできてアニスはピオニーを守るように身構えた。


「申し訳ありません。あたしの失態です」

「いや、俺も気ぃ抜き過ぎてたからおあいこだな」

「囲まれた……っ最悪!」

「おーおー頭数揃えてきやがって。こりゃキツそうだ」

「呑気に言ってる場合じゃないですよぅ!」

「はっはっは、何事も余裕を持って臨まないと仕損じるぞ?」

「ですから……あーもう! 誰かこのブウサギ男の頭の螺子締めてよ!」


かんらかんらと笑うピオニーを横目にアニスは叫ぶ。それを合図に背に負っていたぬいぐるみのトクナガをひっ掴んで力を込めると一瞬にして巨大化する。この際だからどかんと一発いってしまえとばかりにさらに叫んだ。


「ヤローてめぇぶっ飛ばす!!」


ピオニーが目を丸くしたのを目の端に捉えたが、アニスはそんなことにかかずらっていられるほど余裕がない。体格差を埋めるためにトクナガに乗っているものの、大人数でかかってこられると身動きが取りにくい。狭い路地で戦うには不利な状況なれど、絶対にピオニーを安全域まで逃がさなければならないのだ。彼の生命が断たれるようなことはあってはならない。今の仕事を斡旋してなおかつ借金を肩代わりしてくれたライマ国の王位継承第一位のルークのためにも、けして失敗できない。


「陛下、隙を見て逃げてください。後はあたしが引き受けます」

「いや、ここは」

「お願いです、陛下。生き延びて再起を図らないとどうにもならないんです。その布石としてルーク殿下とアッシュ様を逃がしたのは理解してます。でも、今陛下がいなくなってしまったら意味ないんです。だから」

「分かった。分かったから、そんな顔するな。俺は国民を泣かせるような非道い王にはなりたくない」

「だったらさっさと行ってしまえー!!」


また叫ぶとアニスはトクナガで周りに群がる敵を一気に凪払った。瞬間、ピオニーが走り出し、彼の進路を守るようにまた敵を凪払う。


「アニス、お前もルークを追え。俺にはゼーゼマンがいる――あいつはお前の情報を心待ちにしているはずだ……!」


微かに耳に聞こえた命令を、本当は聞きたくなかった。アニスの直接の上司からの命令は絶対ではない。王が命じれば、簡単に覆るのだ。……こんな風に。

ルークを追え。

ということはライマを脱出しろということだ。このままライマを脱したとして、一体ルークに何と伝えればいいのか。少なくともピオニーは生きている。今のところは。でもこの後はどうなるか分からない。何がどう動くかなど誰にも分からない。明るかった空が暗く陰った。










(一雨来るかな。嫌な感じしかしないよ)
逃避行










――――――――――
ずっとアニスのターン終了。
何かいろいろ分からなくなってきました。
次はピオニー陛下だけど、どう書くべきか迷います……。
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