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わずかな食事を口にしてシャワーを浴びた己の主は、早々にベッドに潜り込むとわずかな時間で寝息を立て始めた。それがどうにも切なくて、ベッドで眠る主の頭を優しく撫でると、その額に口づけた。
ふ、と苦笑してジェイド・カーティスは丸い窓の外に広がる暗い海を見つめながら記憶を辿った。
ギルド組織アドリビトムのギルドマスターはジェイドにとってあまり関わり合いになりたくない人物だった。彼の名はデューク・バンタレイ。ホワイトシルバーの長髪と女と見紛うばかりの美貌、朴訥(ぼくとつ)な性格でいながら、人を惹きつける何かを持っていて、何よりその剣技はいっそ芸術的なまでに高度で美しい。かつて戦場で生命のやり取りをして、ジェイドが初めて殺されるかもしれないと思った相手。
あの時、己は確実に死んでいた。が、彼は己を殺さなかった。それまでの殺気が消え、まるで興味を無くしたように去っていった。普通、軍を志す者なら屈辱的だと思っただろう。だが、そんな感情は浮かんでこなかった。ただ熱の奔流が急激に冷めるのを感じていた。そうして生きて帰れるはずのなかった戦場から生還し、ライマの王宮に帰ってジェイドは固まった。生命のやり取りをしたはずのデュークがそこにいて、戦場に出兵する前、家庭教師を務めた赤毛の子供は彼によく懐いていた。少しだけ苛ついたのを覚えている。己にはなかなか懐かず、憎まれ口ばかりを叩く警戒心の強い可愛げの一つもない子犬だった。だのに、いざ他人に懐いているのを見るとどうにも苛ついて感情が不安定になった。まあ、それを表に出せるほどの可愛げは持ち合わせていないのが唯一の救いといったところだ。
ピオニーの話に依れば彼は敵でも味方でもないらしい。要は中立。どの国にも属さず、争い事にもほとんど首を突っ込まない。ではなぜ戦場にいたのか。


『突っ切ろうとした場所がたまたま戦場だっただけだ』


らしい。そしてたまたまジェイドに斬りかかられて戦っただけ、らしい。本気で殺すつもりだっただろうと言ってやれば、本気で殺しにきている者を相手にするのだから当然だろうと返された。
デュークはライマに三年ほど滞在した後、人知れず国を去った。懐いていた赤毛の子供が顔をくしゃくしゃにして『でゅー、どこいったの……?』と聞くものだからまた苛ついた。今思えばあの頃に己のこの子供じみた独占欲が生まれたのかもしれない。それにルークが素直に受け答えするようになったのもこの頃だった気がする。だから余計に気に入らない。
本当に子供だ。図体ばかり大きくなって精神は一つも成長していやしない。別に好きでも嫌いでもなかった。ただ、他人に無防備な姿や笑顔を見せているのがたまらなく嫌で、だが、子供を縛り付けるほどの勇気――いや狂気などなく。


「本当に困ったものですね」


子供には自由でいてほしいと願う己も確かにいて、矛盾だらけの本音にジェイドは苦笑した。
今この子供はとてつもない絶望と悲しみにかられている。ライマの現状を身に染みてよく理解しているから、下手な慰めや気休めなど意味がないことも分かっている。

王位なんか欲しくない――!!

子供が何のために王宮で育てられているのか理解したその年、ピオニーに啖呵を切った台詞だ。ピオニーはただ微かに笑い、俺はお前の統べる国が見たいとそう言った。本人は認めたがらないが、政治的にも軍事的にも子供は重要な役目を負い始めている。ピオニーがそう仕向けたのだ。
いつぞやにピオニーは子供を王宮から連れ出した。何度も。そのたびに子供は泣きそうな顔で帰ってきた。何があったと聞いても答えてくれない。代わりに積極的に参政するようになった。軍事訓練や慰問、視察。意識が変わったのだと思った。その時も心がざわついた。変わってゆくことは悪いことではない。けれど、その変化に己はいつも不参加だ。悔しさだけが渦巻く。
本当に困った。どうしようもない。


「さて、」


ジェイドはおやすみと囁くように言うと、子供の部屋を出た。子供が今日するはずだった書類を片付けなければと思ったのだ。甘やかしていると思わないでもない。が、今はその考えを外に追い出した。そうして、やはり苦笑した。










(この感情の名を口にしたら最後、後には退けなくなる。だからまだこのままでいい)
恋い慕う










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ジェイドの独白?
ていうか、最後までジェイドのターンだった、笑。
要はルークが可愛くて可愛くて仕方ないってことなんだと思う。
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