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被験者の方が帰ってきたらしいという話を聞いてもジェイド・カーティスの心は動かなかった。それはそうだ。被験者である本物の『ルーク・フォン・ファブレ』にジェイドは興味がない。皮肉の笑みを浮かべ、隠れ家の天井をぼんやり見つめた。かつて澄んでいたはずの赤い瞳は光を失い、今はただ密かにフォミクリー研究を続けながら、希望のない毎日を送り続けていた。
あの後、彼を喪った後、何もかもがどうでもいい出来事に成り下がり、密かにあの下らないパーティーを抜け出し、いろいろな場所を点々とした。マルクト帝国の捜索隊は適度に手を抜いてくれるのでまだ良かったが(おそらくピオニーは本気で探すつもりなどなかったのだろう)、くそったれキムラスカの執拗な捜索には手を焼いた。どこにいても、どれほど巧妙に隠れても、どこからか情報を仕入れて追い詰められかけたこともしばしば。情報戦にかけてはマルクトの方が上だと思っていたが、くそったれキムラスカもなかなかやるではないか、と褒めそうになるくらいには執念深かった。


「よう、ジェイド。まだ死んでるのか?」


ピオニー・ウパラ・マルクト九世、今、ここにいないはずの皇帝が脳天気な声で扉を開けた。だが、やはりジェイドは興味を示さない。


「不法侵入で訴えますよ」

「おいおい、それはないだろう。せっかく良いニュース持ってきたってのに」

「ああ、被験者の方が帰ってきた話ですか。キムラスカはさぞお喜びでしょうね――レプリカの方が帰ってこなくて良かった、と」

「だろうな。が、被験者の話じゃない。別の大量な第七音素をタタル渓谷で検知した。間違いなくルークだろうと俺は思っているが――」


言い終わるのも待たずに部屋を飛び出していったジェイドを苦笑しながらピオニーは見送った。だが、久しぶりに彼の瞳に光が宿ったのを見た。これまでピオニーが言葉を尽くしても、サフィールが言葉を尽くしても、彼はどの諫言にも興味を示さなかった。大切な子供を喪って意気消沈どころの話ではなかったのもあるが、ジェイド自身が言った言葉に自ら後悔するという馬鹿な懺悔をしていた。
あの時はいろいろな悲劇が重なって、子供も己たちも追い詰められていた。仕方がなかったとは言わない。けれど、守らねばならない民がいる。だから決断せねばならなかった。多くのレプリカの犠牲のもと救われた人間の多くは死んで当然だとばかりに彼らの死を悼むことをしない。代わりに『死んでくれ』と言った己が彼らの死を悼み続ける、ずっとずっと。





ルークは心底嫌そうな顔をしてそこにいた。胸くそ悪い思い出のあるタタル渓谷の、セレニアが咲き乱れる海の見える丘。そして、ノイズとともにつながった被験者の意識。


「おい、還ってきたこと誰にも言うなよ。言いやがったら絞め殺してやるからな」

『ずいぶん良い性格になってるな、お前……誰にも言わないさ。好きに生きろ。野垂れ死んでも俺は関知しない』

「………………父上と母上に、よろしく」

『ああ、分かってる。じゃあな』


今生の別れだった。もうアッシュとも父とも母とも、二度と関わり合いになるつもりはない。誰かの身代わりの人生はもうたくさんだ。


「さあて、どこで何やって生きてくかねえ……まず、この髪の毛どうにかしねえと……」


また長く伸びた朱い髪の毛を指先で弄びながら歩き出した。が、ルークはまた嫌そうな顔をした。よりにもよって絶対に会いたくないと思っていた男がそこにいる。よれよれのYシャツとジーンズ、靴を履いておらず素足は土で汚れていた。


「ったく、何であんたがここにいるんだよ。やっと身代わり人生おさらばしたとこなのに。俺はもうただの『ルーク』だ、レプリカじゃない!」

「分かっています。そんなことはどうだっていい。あなたが人間だろうとレプリカだろうと関係ない……私はただ」

「関係ない、だって? はっ、笑わせないでくれよ。あの時あんたは同情してたんだろ。だから愛してるなんて嘘吐いて、俺を憐れんで! あんたの作った理論で生まれた俺を消して、満足だったんだろ……っ! だったら、もう俺に構うな!!」


ルークは魂の底から叫んだ。叫んで殺意を込めて睨んでやった。
やっと解放されたはずなのに、己はまだ雁字搦めに縛られたまま、動けない。みんなみんなジェイドのせいだ。本当は会いたかったと叫びたい衝動にかられるのも、泣き叫びたい衝動にかられるのも、みんなジェイドのせいだ。


「ルーク、私は」

「何も言うな! 言ったら殺す……!」

「聞いてください! 私はあなたに謝罪するためにここに来たわけではありません。あなたに恨まれていることも憎まれていることもよく分かっています。あなたが私を殺したいならそうすればいい。喜んで私はあなたに殺されます。ですがその前に、聞いてほしいことがあるのです」

「今さら、俺に何を言うつもりだよ……俺は何も聞きたくない……!!」


逃げようとするルークをジェイドは無理矢理抱きしめた。
ああ、生きている。温かい。心臓が動いている! どうしようもない喜びと、どうしようもない悲しみが胸中を掻き乱す。ただ一言、言いたいだけなのに、その一言は重く、とてつもなく覚悟のいる一言。


「ルーク、私はあなたを愛して、いるのです」


死ねと言ったその唇で、愛を紡ぐ。何て傲慢で残酷なのだろうか。


「嘘だ」

「嘘ではありません!」

「嘘だ!!」

「私は! いつでも本気です。少なくともあなたに関することだけは」

「うそだ……っ……」


ルークは涙をこぼした。もう泣くつもりなんてなかったのに、どうして泣いているんだろう。ジェイドが全身で愛を叫んでいるから? そんなはずない。彼ほど愛とかけ離れた人間はいない。そのことをルークはよく知っている。なら何だって言うんだ。

俺自身が愛に飢えているから。

心が囁いた。そうかもしれない。あの時欲しかった愛情は全部偽物だった。非道い裏切りとともにすべてを失って、愛に飢えながらも彼を拒絶し続けた。
ああ何て、何て残酷なんだろう。こんな汚い己を愛していると言うジェイドが可哀想だ。こんな汚れた己に縋られて、嬉しいはずがない。


「じぇ、いど……」

「何ですか」

「じぇいど……」

「言ってください、ルーク。でないと私には分からない」


心で思うこととは反対にルークはジェイドに縋った。何て最低な自分。けれど縋った。ずっとずっと、拒み続けた男の腕を、やっと受け入れた。きっと彼は全身で己を甘やかすのだろう、今度こそ本物の気持ちで。
ルークは目を閉じて、ただあるがままのすべてをジェイドに預けた。










(その方程式に答えはない。解き続けなければならない永遠の謎)
The true intention of the great liar.










――――――――――
70000hitのお祝いリクエスト、ゆず様へ!

書かせてくれ!と言って無理矢理書きました、笑。
それにしても内容がジェイドの大告白大会になってしまって大反省中です、苦笑。
何かリクエスト内容からずいぶん外れてしまいましたが……いかがでしょうか……!
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