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赤毛の子供は基本的にシュヴァーン・オルトレインの側を離れない。仕事の時も休憩の時も眠る時も。いつも一緒が良いと思っているらしく、所用でどうしても離れなければいけない時など、泣く一歩手前の顔でシュヴァーンを見つめてくる。それが一番の難題であり、いつまでもこのファリハイドを離れられずにいる理由だった。帝都からは再三にして帰還命令の書類が送られてくるが、未だにそれに返信できず、どうしたら良いのか分からずに途方に暮れた。


「しゅば、つかれた?」

「そうだな。少し休むか」


そう言うと赤毛の子供――ルーク・フォン・ファブレは花が咲いたように笑った。ルークは基本的にシュヴァーンの邪魔をすることはしないが、それでも家族のいない時間が長いせいか、とても寂しがり屋だ。口にしない分、こちらで気付いてやらなければ寂しさで泣き出すことも間々ある。何でも夜泣きを一度もしたことがなかったらしいのだが、最近は毎日のようにしている。ナイレンいわく『やっと気が抜けたんだろう』。シュヴァーンにしてみれば抹殺命令の出ている子供を今の今まで放置していること自体ありえないことであるし、時間をかければそれだけ情も湧く。とても楽観できる状況ではない。少なくともシュヴァーンにとっては。
ルークが椅子の上に乗って危なげに珈琲を入れようとしているのに気がついて、慌てて側に寄ればルークはやはりふにゃりと笑った。一瞬胸を突かれたような感覚に陥ったが、すぐに持ち直した。


「ルークは何を飲むんだ?」

「しゅばとおなじのがいい!」

「いや、それはやめた方がいい」

「どうして?」

「苦いからな」

「あまくないの……?」


そうだと首肯すればルークは見る間にしょぼくれた。シュヴァーンは苦笑してルークの頭を撫でる。仕方ない、と呟いてココア粉末の入った瓶にに手を伸ばした。
本人は気がついていないが、かなり情が移っている。でなければ、いつもなら飲みもしない甘いココアに手を伸ばすなんてまず有り得ない。


「ココアは大丈夫か?」

「すき!」

「ならココアにしよう」


シュヴァーンらしからぬ柔らかな笑みにルークは目を輝かせてじゃれついた。本当にらしくない。殺そうと思えばいつでも実行できる状況なのに、手を下せない。だが、不思議と苛立ちはない。
ルークとともにココアの入ったカップに口をつけた時、ノック音とともにナイレン・フェドロックの部下であるユルギスが部屋に入ってきた。


「ゆる!」

「今日も元気だな、ルーク」

「うん!」


ユルギスはシュヴァーンに目を向けると一瞬躊躇って、だが、はっきりと言った。


「あなたに客人です。今夜、酒場で待つと」

「そうか……分かった」


この時期に客人。騎士団絡みか、はたまた。分かったと答えた手前、あまり気乗りのしない誘いだ。目を伏せて、もう一度開く。ルークに目をやれば、きょとんとこちらを見返す翡翠の瞳。頭を撫でると頬を赤く染めて笑った。眩しいくらいに。
いっそ、この子供のために何もかもを捨ててしまおうか。


「ルークはユーリとフレンが面倒を見ます」


軽く頷いて見せると鋭く睨まれた。シュヴァーンはただ乾いた笑みを浮かべる。
その夜、やはりと言うか、必然的にと言うか、ルークは着いていく言って駄々をこねた。わんわんと泣くルークを置いて行くのは心が痛んだが、どうしようもない。ずっと後回しにし続けたツケが回ってきたのだ。
騎士団支部を出て、あらかじめ用意していた部屋で鵺に扮すると酒場に向かった。動きやすさ、身軽さを追求した鵺の――レイヴンの服は己の身に馴染む。騎士団の制服は独特の堅苦しさがあって、本当はあまり好きではないのだ。
酒場に入って視線を巡らすと、それと分かる人物がカウンター席に座っていた。できればあまり会いたくないと思っていた相手が。


「大物寄越してくれちゃってまあ」

「ユーがビースロウなのがノーグッドです」


意味が分からない。首を傾げると濃紺の髪の毛をオールバックにした男は声音を低くしてさらに言う。


「"役立たずは役立たずなりに仕事をこなせ。できなければ死ね"」

「大将がそう言ったのね」

「イエース。そろそろ決着つけて下サイ」

「……そうねえ」

「煮え切りませんネ」


レイヴンは男、ギルド海凶の爪(リヴァイアサンのツメ)のボス、イエガーの隣に腰を落ち着けるとウイスキーを一杯頼んだ。マスターは黙ってグラスに飴色の液体をグラスに注ぐとレイヴンの前に置いた。


「はは、ヤキが回ったかねえ……」

「情を移すなんてアナタらしくないデスネ」

「それ、フェドロックにも言われたよ」


本当にらしくない。ずるずると引き摺ればこうなると分かっていたのに。これは断ち切れなかった己の不明だ。


「大将は」

「その気がなければアナタをデリートするようにワタシに言いマシタ」

「あー俺様の人生呆気なさ過ぎじゃないの」

「もう一つありマス」

「何よ」

「養子縁組して名実ともにアナタの保護下に置くコト」


子供を生かしたいならそうしろと脅しているのがありありと分かる言葉。要はファブレの威光が届かなければ問題ないのだ。血筋としては皇帝に連なる人間だが、継承権のない、しかも貴族としての地位さえ無ければいいのだ。少なくともそうすれば帝国騎士団団長アレクセイ・ディノイアの意のまま、というわけだ。


「明日の夜、また」

「イエス」


ウイスキーを一気に煽るとグラスを置いて必要代金をマスターに渡すと酒場を出た。
どうしたらいいのか、レイヴンにも、ましてやシュヴァーンにも分かるはずがなかった。










(重い足はちっとも前に進んでくれやしない)
辿り着く、その瞬間まで










――――――――――
なかなかタイトルが決まらなくて仮題を付けては変えました。
結局、ラストまで書いてやっと決まりました。
ほんっとタイトルって難しいなあ、苦笑。
でもイエガーの話し方がいまいち分からない……本当にこれでいいのか。
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