-->作品保管庫 | ナノ




ずっとずっと夢を見ている。この鉄格子の檻の中で、鉄格子の四角い窓の外の太陽を、月を眺めながら。毎日、嫌で嫌で仕方ない実験に続く実験で、ぼろぼろになる身体で、それでもいつか外に出る夢を見て。


「…………ぅ、う」


言葉にならない何かを呟く。
獣と人間の遺伝子を掛け合わせて生まれたいわゆる人型ペット。彼の場合、イヌ遺伝子が掛け合わされているので、犬のような耳と尻尾とそしてヒトより多少多い体毛が特徴。だが、その子犬は失敗作として、この第七音機関研究所に放り込まれた。子犬に名前はない。この研究所に来た時に付けられたナンバーが『69』なので数字で呼ばれることもあれば、ヒト遺伝子のコピーを掛け合わせることから『レプリカ』とも呼ばれる。朱金の髪の毛と薄い翡翠の瞳、研究員たちはこれを劣化していると言う。


「No.69、面会だ。ったく、あのお坊ちゃんも物好きなことだ」


白衣の研究員が鉄格子の鍵を開けると子犬を無理矢理立たせて、引きずるように歩き出した。
本当は自分で歩ける、くらい言ってやりたかったけれど、まだ言葉が上手くない。誰も教えてくれないから、自分で覚えてみようかと思ったから。だが、覚えられる言葉には限界があって、意味が分からなくて研究員の誰かに聞いたらよく分からない言葉を言われて、それが良くない意味の言葉だということぐらいは分かった。別の時にまた意味を聞いたら『お前は分からなくていい』と言われて、どうして分からなくて良いのか聞いたら、今度こそ殴られた。痛くて痛くて、怖くて怖くて、泣きそうだった。


「さっさと入れ!」


はっと気がついたら面会室の前で研究員が苛々した様子で怒鳴られた。子犬は慌てて部屋に入ると、いつも会いに来るアッシュという人がいた。


「あっしゅ、こ、こんに、ちは……?」

「ああ、少し上手くなったな」


見事な紅の髪の毛と濃い翡翠の瞳が綺麗な人。子犬は微かに笑った彼を見て、少しだけ嬉しくなって抱きついたら、驚かれたけれど、やはり笑って頭を撫でてくれた。子犬はアッシュが大好きだった。撫でてくれる手のひらも温かくて、じゃれついても嫌がらずに遊んでくれる。時間のある時は一緒にお昼寝もする。そんな何気ないことに喜びを感じていた。


「あっしゅ、……」

「どうした?」

「……、ぅ」

「大丈夫か」


おかしかった。アッシュがとても悲しそうに見えた。上手く言葉にできない感情が胸をきゅうきゅう締め付ける。


「あっしゅ、」


アッシュは観念したように一つため息を吐いた。子犬の温かな身体を抱きしめると呟くように言った。


「お前の処分が決まった」

「……?」

「明後日だ。お前が眠っている間にすべてが終わる」

「そのあと、おれ、どうなる……?」

「目が覚めたら後は好きにしたらいい」

「あっしゅ、いやだ、あっしゅ……!」

「さよなら、だ」


抱きしめていた腕を放すとアッシュは部屋を出て行った。訳が分からない、意味が分からない。分からないけれど、苦しくて、どうしたらいいのか分からなくて、子犬は火がついたように泣き叫んだ。

さよなら――その言葉は子犬の心を引き裂いた。

その後のことはよく分からない。また引きずられるように鉄格子の檻に戻されて、おかしなことに嫌で嫌でたまらなかった実験が無くなった。時間通りに与えられる食事と途端に長く感じる時間。
そうしてある朝、子犬は唐突に解放されたのだと知った。最低限の身の回りの道具と毛布と食糧。


「あっしゅ、おれ、どうしたらいい」


突然無くなった庇護はもう取り戻せない。


「おれ、……どうしたらいい……?」


日毎夜毎、子犬は理性をなくし、人を信じなくなった。大好きだったアッシュですら憎んだ。けれど、胸が痛くて苦しくて、おかしくなりそう。けれどもう泣く気力もない。飢えてとうとう気を失いそうになった時、影が子犬を覆った。


「大丈夫か?」


人間だ。憎い憎い人間だ。怖い怖い人間だ。子犬は有らん限りの気力を総動員して睨んでやったら人間は虚を衝かれたように目を丸くした。が、何を思ったのか人間は子犬を毛布ごと抱き上げると歩き出すではないか。逃れようと手足をばたつかせるがびくともしない。


「ぅ……うー……」

「お、一丁前に唸ってんのか? やめとけ、無駄に体力使うだけだぞ」


かんらかんらと笑って人間は子犬の背中をぽんぽんと撫でた。それが思ったより温かくて優しくて子犬は目を閉じた。










(星一つ、空に流れた。落ちた先は未知数の世界)
星に願いを










――――――――――
わんこルークがユーリと出会う直前と出会いを書いてみた。
こんな感じでどうでしょう、水斗さん。
妄想炸裂しまくってるんですけど大丈夫ですか。
何でアッシュがルークを放り出したのか、その話はまた別の時に書きたいと思います。
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -