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渇いていた。身体中でそれを求めていた。けれど、人間を襲いたくないという気持ちが少女の心を満たして邪魔をする。

欲しいほしいホシイ……!!

少女はもう限界だった。日に日に吸血衝動は増し、いつ狂ってもおかしくない。けれど、それでも正気を保っていられたのは、昔に喪くしたただ一人の愛しいひとを何度も脳裏に描いていたから。


「にい、さま……っ!」


実兄だったそのひとはいつも少女を慈しみ愛してくれていた。少女もその愛に応えようと必死に努力していた。なのに、なのに、なのに! そんな幸せな日々はある日突然終わった。人間がやってきて二人を殺そうとしたからだ。吸血鬼(ヴァンパイア)ハンターだと名乗ったその女性はハンター協会の名の下に二人を粛清すると言った。
兄も少女もハンターに粛清されるような行いをしていない。人間との交流を断ち、たった二人だけで森奥深くの屋敷で静かに暮らしていただけだったのに。

『ごめんなさい。あなた方が何もしていないのは私がよく知っている。けれど、協会長はあなた方を葬り去らないと気が済まないと、言っていた』

当時の協会長と兄は若い頃に争ったことがあるとその時初めて知った。結局、決着がつかないまま兄は少女と番(つがい)になり、表舞台から去った。だが、協会長は執拗に兄を追い、あの女性を送り込んだのだ。


「く、るしい……」


思考は曖昧になり乱雑に記憶がばらばらになる。もう駄目だと思った瞬間にすぐ近くで声がした。


「おい、大丈夫か?」


人間だ! どうしてこんなところに! こんな外れの森に! 雪だって積もってるのに……!
雪深い森の外れ、誰もいないその場所は滅多なことでは誰も近づかない。そのはずなのに。
少女は今度こそ意識が途切れそうになって、それを何度か堪えた。


「ちかよ、るな……!」

「別に俺は何もしない」

「おそ、う、ぞ……!」

「……ずいぶん飢えてるな。いつから血を飲んでないんだ?」


少女は怯えた。どうして分かったのか。どうしたらいいのか。


「怯えなくていい。本当に俺は何もしない」

「あ、……っ」


青年は少女を抱き上げると歩き出した。不思議と吸血衝動が治まっていく。それとともに少女は眠りに落ちた。
次に目が覚めた時、少女は見慣れない部屋のベッドに寝かされていた。相変わらず渇いているが、我慢できないということはない。ベッドから起き上がり、立とうとしたけれどふらついてベッドに倒れ込んだ。


「うー……ここはどこなんだよぅ」

「俺ん家、ちなみにここは俺の寝室」

「……人間」

「ユーリだ。ちゃんと名前で呼んでくれ。お前は?」

「………………ルーク」

「へえ、ご大層な名だな。『聖なる焔の光』か」

「似合わないのは分かってるっつーの」

「口の悪いお嬢さんだな」

「悪くて結構。昔っからだからもう治んない」

「そうかい。ま、しばらくは休んでいくといい――もうすぐ狩りが始まる。隠れたいならここは一番安全だ」


ユーリの言葉でルークは彼がハンターだと察した。『狩り』とは月に一度行われる俗に言うところの『大掃除』のことだ。リストに挙がっている吸血鬼たちを片っ端から砂に帰すのだ。ちなみにその際にリスト外の吸血鬼もたまに狩られるが、協会は大概見て見ぬ振りをする。だから、多くの吸血鬼たちはこの狩りから逃れるために頭を悩ますのだ。


「そう、今夜狩りがあるんだ。……ああ、クリスマスだもんなあ……なら、殺されに行こうかな」

「駄目だ」

「何で? ユーリはハンターなんだろ? なら好都合じゃないのか」

「飢えてるなら飲めよ。少しならやる」


ルークは目を見開いた。ユーリは一体何を言っているんだろう。人間の癖に。吸血鬼の餌になるって。


「どういうつもりだ! 俺は施しなんか受けない……っ……」


叫んだから頭がくらくらした。余計な力を使いたくないというのに、この男は本当に何を言っているんだろう。
睨まれてもユーリは動じることなく手首をナイフで切るとルークの口元に差し出した。甘美な血の匂いが別の意味で頭をくらくらさせた。治まっていた吸血衝動がまた戻ってくる。我慢できずに彼の手首に自らの手を添えると牙を立てずに舌だけを這わせた。

甘い、とても甘くて、彼の生命ごと喰らい尽くしたい……!

ルークはしばらくユーリの血を啜っていたが、これ以上は負担をかけてしまうと分かっているので、名残惜しかったけれど唇を離した。ふ、とユーリと目が合って、彼は頬に朱を走らせていた。


「あ……吸い過ぎちゃった……?」

「違う。これくらいは何でもない」

「そう?」

「……身体は?」

「大丈夫みたい……不思議だ。兄様の血じゃないと駄目だったのに。何だかすごく満たされてる。おかしいな……?」


ならいい、とユーリはぶっきらぼうに言うと血の止まった手首を手当てし始めた。それをぼんやり見つめながらルークはどうしてだろうと思っていた。どうして満たされたのだろう……どうしてこんなに彼の傍は安心できるのだろう……どうしてあんなに酷かった吸血衝動が治まったのだろう……? 疑問は尽きない。


「どうして助けてくれたんだ?」

「……母さんの遺言だから、かな」

「母さん……?」

「お前とお前の兄貴を殺しに行ったハンター、覚えてるか」

「うん。綺麗な黒髪で……て、あれ?」


あのハンターの姿がユーリと重なって見えた。

……似てる? いや、瓜二つ?

ルークは混乱した。蘇る記憶の中の彼女とユーリはあまりにも似ていた。


「あのひとの子供?」

「ああ、一応ハンターはやってるが協会非公認でな」

「何でだ?」

「あの件で母さん、ハンターを廃業(や)めちまったから。協会の登録も抹消されてるし、俺も他にやることねえし、ハンターもどきやってるみたいな感じだな」

「そっか。あのひと、廃業めちゃったんだ」


あの時、兄であるアッシュもあの女ハンターも互いに死を覚悟して戦っていた。最後まできちんと見届けるつもりだったのに、他のハンターに狙われて逃げざるを得なくなってしまった。逃げ回っているうちに我が身に走った鋭い痛みで兄の死を知った。最初は恨みもしたけれど、しばらく経って再会したあのひとはルークに『生きろ』と言った。彼女は抹殺命令を無視してルークを生かした。

『こんなことは間違ってる。ハンターは私利私欲に走って狩りをしてはいけないのに。……生きて、どうにもならなくなったら私を訪ねてきて。どうにかしてあげる』

あ、と声を上げてルークは目を見開いた。どうしてここに来たのか、やっと思い出した。あのひとが訪ねてきていいって言ったからだ。


「そっか。俺、ユーリの母さんに会いに来たんだ。飢えすぎて忘れてた」

「母さんはもう死んでいないが、俺がどうにかする。だから、しばらくはここにいろ」


うん、と頷いたけれど、ふとまた疑問が浮かんで。


「ユーリ」

「何だよ」

「よく俺が『俺』だって分かったな」

「朱い髪の毛と翡翠の瞳……母さんがよく褒めてたから。それに、俺も綺麗だと思う」


ユーリは少しだけ照れくさそうに鼻を掻いた。ルークは赤面して俯く。別に褒められるほど綺麗じゃないのに、恥ずかしい。
そうするとユーリは何を思ったのか、ブラシを取り出してクセのついてしまったルークの長い髪の毛を梳き始めた。ルークはさらに顔を真っ赤にした。

こうして、聖夜に出会った二人は奇妙な共同生活を始めたのだった。










(雪はしとしと降っている)
聖夜に溶ける雪

Congratulations!
Xmas tea party in Nagoya!










――――――――――
勝手にXmasオフ会in名古屋記念!

クリスマスである必然性がない。
うおぉぉん……!泣
ごめんなさいごめんなさいごめんなさい……!
しかもオーソドックス過ぎなネタで……土下座。
でも祝えて私は満足!(迷惑だ)
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