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別にその赤毛の子供が何か特別なことをしていたわけじゃない。けれど、いつも子供を目で追っている。何か困ったことがあれば手助けしてしまう。一つため息。
ユーリ・ローウェルはバンエルティア号の食堂でクッキーを摘みつつ、ぼんやりと考えていた。
赤毛の子供――ルーク・フォン・ファブレはユーリの大嫌いな貴族だったが、彼は貴族らしからぬ気安い雰囲気があって、嫌いにはなれなかった。おまけに本人はかなりの努力家で、何にでも一生懸命で、その姿を目にするたびに自然と顔がほころぶのも自覚がある。


「だけどなあ……」


自覚はあっても本人の前でそれができるかというと実はできない。たぶん、まだ色眼鏡で見ているからだ。
この船の中でも己の貴族嫌いは有名らしい。自然とルークの方も気を遣ってなかなか話しかけてくれない。何を他力本願なと罵られようとも今のユーリにはルークを完全に許容できるほどの心の広さが持てないでいた。


「ユーリさん、お願いがあるのですけど、よろしいですか?」

「ん、ああ、良いぜ」


悶々と考え事をしているユーリを見かねたのか、パニールはユーリにトレーを差し出した。


「これをルークさんに持って行ってほしいんです。最近、お国元のことで忙しいみたいだから、甘いものでもと思いまして」

「…………俺が?」

「はい、お願いできますよね?」


良いぜと言った手前断れない。おまけにパニールは質問という形を取っているが、有無を言わせない雰囲気をまとってユーリを見つめている。ため息を一つ吐いたが、分かったと観念したように言ってトレーを受け取った。
キッチンを出ると急に足取りが重くなったが、載せられている紅茶やケーキは作り立てで冷めてしまうのは勿体無いと思い直した。途端に軽くなる足取りに苦笑しつつ、ユーリはルークが使っている部屋の前でぴたりと止まる。


「(どう声をかけたらいいんだ?)」


と心の中に沈みかかったが、目の前の扉が開いて当のルークとばちりと目が合った。ルークは目を丸くしてユーリを見つめ、こてんと首を傾げた。


「ユーリ、さん……?」

「あー……これ、パニールから。少しは休めってさ」

「パニールが……そっか、えっと、良ければどうぞ。書類で滅茶苦茶になってるけど」

「あ、うん、邪魔して悪いな」

「いいよ。ちょうど煮詰まっちゃったとこだから」


ルークがふにゃりと笑ったのを見て、ユーリは不思議な気分に陥った。何というか、胸が詰まるような、変な気持ち。
部屋の中に入るとルークの言った通り、そこかしこに書類や資料本が散乱していて足の踏み場に困る。焦ったように片付けるルークを見てユーリは苦笑した。トレーをベッド近くのダッシュボードに置くと散らばった書類を拾い始めた。


「ごめんなさい、ユーリさん。手伝ってもらって」

「それ」

「え?」

「ユーリって呼べよ。……仲間なんだからさ。敬語もなし。俺たちは対等、なんだろ?」

「――っ……うん、ごめん、ユーリ」

「よし、」


ルークがなぜか泣きそうで、けれど嬉しそうな顔で、どうしてなのか分からなかった。だから代わりにぽんぽんと頭を撫でてやる。ルークはとうとうぽろぽろと涙をこぼし始めてユーリは一瞬焦ったけれど。


「ごめ、ん、きら、われて、るって、おもって、た、から」

「……それは」

「きぞく、きらい、って……おれ、きぞく、で」

「確かに今でも貴族は嫌いだ。傲慢でてめえの都合で好き勝手して、必死で生きてる奴らを踏みにじる――けど、そんなんばっかりじゃねえって、お前を見てて思った」

「ほんと、に?」

「嘘じゃねえよ。お前みたいな、ルークみたいな、努力家で一生懸命で泣き虫な貴族なんか見たことないな」


最後の方は少し照れくさくてわざと茶化した。そうしたらルークはやっと笑ってくれて、ユーリは少しだけほっとする。
どうせなら笑っていてほしいと思うから。どうしてかはやはり分からないけれど。
粗方の書類と資料本をまとめて一カ所に集めるとユーリとルークは休憩用のソファに向かい合って座るとパニール特製のケーキを頬張りながら紅茶を飲んだ。少し冷めてしまったけれどとても美味しい。
どうやらこうなることを予測されていたんだと思いながら、自分宛のケーキと紅茶に舌鼓を打った。


「あ、そうだ、これ。この間受けた依頼の時に貰ったんだ。ガイがコスモスだって言ってた」

「赤いコスモス、か」

「うん、すごく綺麗だ。俺、花壇に咲いてるのしか見たことなくて、だからすごく嬉しくてさ!」

ルークの翡翠の瞳はキラキラしてとても綺麗だった。ユーリも自然と表情がほころぶ。


「外に出られなかったんだったな、確か」

「うん、自然に咲いてる花とかすげえ感動した!」


ああ、何か分かってきた。この気持ち、こみ上げてくる暖かい感情の名は。


「だから、はい! 俺が貰った『ありがとう』のお裾分け!」


ルークの満面の笑顔をまともに見てしまって。たっぷり五秒。でも一瞬の五秒。
赤いコスモスを受け取った瞬間にパチンと音が鳴った。










(君の瞳に、君の笑顔に、恋をした瞬間)
君に恋する五秒前










――――――――――
ゆず様への献上品。
ブログに掲載されていたイラストからインスピレーションを得ました。

大幅にイメージを崩してしまったぞ……?
こうもっと清楚で洗練されたイメージだったのに、一気に壊れた……!泣
うわあぁぁん、ごめんなさいぃぃ……!土下座
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