kiss my heart



※館長が痛い人


今から思い返してみれば、俺は確かに海洋生物に対して少し厳しすぎる態度を取っていたかもしれない。
昼夜問わずショーの練習を強制し、水槽の掃除に借り出し、役立たずの魚共は見せしめにヒレでぶちのめしたり、腹が空いていれば食ったりもした。
別に人間の従業員じゃないのだからこれくらい妥当だろうと思っていた。雇用形態に問題があると厚生労働省にチクられるわけでもないし、館の運営も軌道に乗ってそこそこいい感じだったのだ。他人に関心はされても文句を言われる筋合いなどないと、我ながらそれなりに自信があった。
それなのに、それなのにそれなのに。
動物を山ほど連れてズカズカと乗り込んできたあのチビの飼育員は、健気に努力してきた俺に対して容赦ない罵倒を浴びせかけてきたのだ。

「あんたみたいな下衆、人間とは思えないわ。この怪人お化け鯨。ブス」

的なことを言われた……多分。
あまりにショック過ぎて俺の思考回路はシャットダウンされ、細部までは頭に入ってこなかったのだが、飼育員もウサギも一様に俺の顔を見て「わぁ、気持ち悪い」って反応をしてきたので俺は一層凹むこととなった。
――うう…、こいつら絶対ドSだ。
俺を鬼畜な言葉責めで好き放題いたぶって、自らのサドっ気を満足させようとしているに違いない。
育ちのいい俺はいじられるのに慣れておらず、柔らかいハートは二言三言で簡単にズサズサになってしまった。





「痛い、シャチ。胸が痛い。もやもやする」

俺は館長室の回転椅子に沈みこみながらそう溢し、チラリと白スーツの部下を見上げた。
机の前に立つシャチは鋭い眼を弓形にして思案するように首を傾げた。

「そうですか。じゃあその胸に風穴でも開けてでらすっきりさせてあげましょうか?」

――は?
俺は思わずひっくり返りそうになった。

「…おいシャチ、いつからそんな鬼畜キャラになったお前。いいか?俺は慰めろと言っているんだぞ?」

「私はサカマタです」

「は、何?おマタ?おまんこ?」

「……」

「……?」

「……」

「………………なあ、サカマタ?」

恐ろしい形相とともにだんまりを決め込んでしまった部下に折れ、俺が仕方なく滅多に使わない名前で呼んでやると、彼はピクリと片目を引くつかせた。どうやら柄にもなく喜んでいるようだ。

「何ですか?」

「ん、ああ、だから俺を慰め…」

「あ、この前みたいにイマラチオとかほざいたら噛み千切りますよ?」

「な、おい、違うぞ。というかお前の言い方だと俺が変態みたいに聞こえる」

「変態でしょ?」

「ちっがあああああう!もういい、何でもいいからさっさと慰めろ馬鹿マタ!」

半ば怒鳴りつけると彼は少しムッとしたように言った。

「私はサカマタです。というか慰める…ってどうしてほしいんですか貴方」

「ふふ…」

よくぞ聞いてくれた、とばかりに俺は両手を大きく広げて机から身を乗り出した。シャチが僅かに後ずさった気がするが、この際細かいことは気にしないでおこう。

「館長素敵、館長かっこいい、館長賢い、館長オサレ、館長だあああいすき、とかそんなことを言って元気付けてくれ。本心から」

「断固拒否です」

何ということだろう、シャチは迷いもせずぴしゃりと即答して館長室から出て行こうとした。
――クソ生意気な!
俺は慌てて華麗に机を飛び越してカーペットの上に降り立つと、シャチのスーツの裾を掴んで無理矢理彼を引き止めた。

「はは、別に照れなくてもいいんだぞ“がに股”。愛は時に言葉にしないと伝わらないからな。今こそ素直になるべきだと思う」

俺が優しく肩を叩いてやったにも関わらず、シャチはフンと鼻を鳴らした。

「私はでら素直です。つまり愛など存在しません」

「え!?な、何故だ!?俺はこんなにお前を愛しているのに!」

「――館長、私はサカマタです」

詰まった鼻くそを押し出そうとでもしているのだろうか。シャチは何故か鼻息荒くそう言い放つと、しがみつく俺を振り切って部屋を出て行った。

「なんだ、と……?」

――これは、ま、まさかの反抗期…か?
俺は一瞬ショックで固まりかけたが、すぐさま「今のは空耳だ」と思い直すことにした。シャチの後を追って館長室を飛び出し、遠ざかる背中に向かって叫びながら全速力で廊下を疾走した。

「ま、待ってくれ!俺を慰める権利を与えてやったんだぞ!?無駄にするつもりか!?」

「館長でらウザいです!」

ああ、そんなツンな態度も所詮照れ隠しなのだと俺は信じている。信じているぞ。




20101222

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