更正プログラム:01



※動物園VS水族館の後



「はい、あーんして。館長」

「どういうことだシャチ」

俺がぐいと黒い腕を掴むと、シャチはニタっとやらしく見える笑みを浮かべた。

「私はサカマタです」

「分かった、サカマタ。つまりはどういうことだシャチ」

「え、シャチは語尾ですか?」

「違いますが!」

「何で敬語なんですか館長。――ぐふ、なんだかちょっと可愛いじゃないですか。理性が、やばい、理性でら千切れる」

何がどうなっているのかさっぱり分からないが、とりあえず分かっているところから説明しよう。
目を覚ましてみれば俺は全く見覚えのない部屋にいた。いや、部屋にしてはボロすぎるな。豚小屋か。
吹き付ける風で薄っぺらい窓ガラスがガタガタ揺れ、天井にぶらさがった時代遅れの裸電球が揺らめくたびに視界がかしいで酔いそうになる。室内はもの凄い湿気で肌はべたつき、魚を食ったばかりらしいシャチの息が正直かなり生臭い。

「おい、息の臭いシャチ。ここはどこだ」

「海の家です、そして私は息は臭くともサカマタです」

「海の家?」

「え?スルーですかそうですか。って館長、もしかしてあなた海の家も知らないんですか?夏に焼きそば焼いてたりカキ氷売ってたりするあの施設ですよ。昭和ですよ。あっ!そっか館長、確か育ちのいい坊ちゃんですもんね。そんな庶民の施設知ってるはずないですよね」

「そういうこと訊いてるんじゃない。ここが海の家だったら何故焼きそばがないんだ。焼きそばどころか作ってるおっちゃんもおばちゃんもいないぞ。ラムネもない!」

「あ、館長ラムネ派だったんだ、意外におこちゃま…じゃなくて。それがどうやら今は使われてないみたいでして、裏の戸口におっちゃんのミイラがぶらさがっ」

「ッ!!いやあぁぁあああぁあ!!あ、あっひいいいいぃたすけっタツケテお願っ」

馬鹿野郎。俺は昔から怖いのが苦手なんだ!

「なっ、冗談ですよ館長。ミイラはいませんでした。魚の干物が吊ってあっただけです」

「――なんだ、ビビらせるなよ」

「いやぁ、しかしこれがまたでら美味っ」

俺はホッと胸を撫で下ろし、上体を起こして強張った肩の筋肉を解した。
シャチが大事そうに手に握っている干物はたった今言及されたそれであるらしく、先程「あーん」とかいう気持ちの悪い効果音で俺に食わせようとしていたのも同じもののようだ。

「それで俺は何故こんな薄汚い豚小屋にいるんだ?庶民ならこのインテリアでも満足するかもしれんが、もの凄く好みじゃない」

「それは私が連れてきたからですよ」

「は?」

「ほら、ウサギに負けちゃったでしょう?館長があまりにも不甲斐ないので私が改心させるために拉致ってきたのですけど。記憶にないですか?」

「ぶっていいかシャチ?」

「それが非常に残念ながら――グフっ――できないと思いますよ?」

シャチの含み笑いはなんて気持ち悪いんだろうと思いながら、俺はキッと目をつり上げた。

「どういうことだ」

「魔力を垂れ流す館長の頭の変な穴にみっちりと粘土をつめておきましたし、鯨肌コートも変化しないように縛りましたので。ちなみに腕に取り付けた鎖の長さはギリギリお便所まで届きません。わざとではありませんが」

「……!」

俺は言われるままに自らの腕や身体に目をやり、愕然とした。

「て、てめっ!何生意気なことしてくれてんだシャチのくせに!!」

「というわけで。はい、あーん」

「誰があーんなんかするかアアア!自分で食うわ!」

「へえ?館長ったら人間のくせして、シャチたる私にそんな態度とっていいと思ってるんですか?」

「え!?ってちょ、何す…ひ、ひひゃああああっ!!あっ嫌、嫌だってやめろ殺すぞあっははははははくすぐった!死ぬ!死ぬってばっあひゃ、あひゃひゃひゃひゃひゃ!」

こうして俺の更正?生活は始まった。非常に不本意ではあったものの。




20110312

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