スイミー



「…何だよ、これ」

俺が定例会議を済ませて自屋に戻ってみると、テーブルの上に見慣れない水槽がどでんと置かれており、その横で椎名がニタニタ笑っていた。

「誕生日プレゼントじゃ!ありがたく受け取れ!」

俺は椎名に釣られて横幅七、八十センチはありそうな水槽へと目を向ける。青くライトアップされたその中では色とりどりの熱帯魚が自由に泳ぎ回っており、まあインテリアとしては悪くないのかもしれない。普通の人間にとっては。
しかし生憎俺は普通の人間ではない。

「なんだ貴様。これは人間に戻れない俺へのあてつけか?え?」

ものすごくイラッときた俺はそのままずかずかと水槽に近づき、ヒーターの電源を落とした。鯨の呪い云々以前にも元々魚類は好かんというのに、一体何の嫌がらせだ。

「何するんじゃ!んなことしたらこいつら死んでしまうじゃろ!」

椎名が慌てて電源を入れ直すのを俺は冷ややかに見つめた。

「死ねばいいよ。ウザイから」

「お前なあ…!別にワシはそんなつもりでコレを持ってきたわけじゃ…」

「じゃあ持って帰れよ。目障りだ」

嫌がらせじゃないないなら一体何がしたいんだ。基本的に椎名の考えていることが俺にはあまり理解できない。動物と馴れ合ったり、アザラシ一匹のために本気で怒り狂ったり、かと思えば遊んでばかりで経営などそっちのけ、動物園は荒れ放題。
今だって仮にも俺の気を引きたいならもっと他に色々あるんじゃないか。趣味のいい小物とか、食事とか、金になる儲け話とか。そう思うと何だか無性に悲しくなって、俺は椎名の脇をすり抜けて奥の部屋に向かおうとした。

「待て、伊佐奈!」

振り返らなくても分かる。椎名が俺の手首をぐいと掴んで引き止めていた。

「何だよ、まだ何かあるのか」

「…いいからワシの話を聞け」

彼は珍しく冷静な物言いのまま俺を水槽の前まで引きずり戻し、無理矢理その場にしゃがませた。俺が「鬱陶しい」を前面に押し出したしかめっ面をしているのも関わらず、微塵も気後れした様子はない。

「ほれ、よく見てみろ。比較的飼い易いのを華が選んでくれたんじゃ。綺麗じゃろ?」

「……」

「生きた宝石みたいに見えると思わんか?」

「……いや、別に」

正直に答えると、椎名は少し残念そうにその長い耳を垂れた。

「そうか?まあ…だとしてもワシにはそう見えるんじゃ。…お前のことも、そうじゃ」

俺には椎名が何を言おうとしているのかよく分からなかったが、喋りたいなら勝手に喋ればいいと思い直し好きにさせることにした。

「お前が自分の身体のことを相当に気にしてるのは知っとるが…ぶっちゃけワシはお前が鯨のままでも一向に構わん。確かに楽しく人間に戻れたらそれは儲けモンだが、苦しんでまで戻る必要はないと思う。ワシは今の伊佐奈が気に入っとる。何故って、この熱帯魚たちが見る人間を癒すことができるように、お前だって十分にワシの癒しになっとるからじゃ」

俺はハッと目を瞠り、相変わらず自分の手を握ったままでいる椎名を見つめた。
いつもいつも子供っぽいことばかりして俺をうんざりさせる彼であったが、今はまるで別人のように柔和な微笑みを浮かべ、俺の顔半分を覆い隠すメットをゆっくりと取り去った。
異形の左目に映る椎名の顔が一瞬人間に見えた気がしたのは束の間の幻か。一つ瞬きした後に残ったのは普段通りのウサギ面だった。

「ハッピーバースデー、伊佐奈。お前のこと、愛しとるよ」

椎名の腕が優しく包み込むように俺の頭を撫で、俺はいつにない幸せを噛み締めながら目を閉じた。
ああ、俺も。愛してるよ、椎名。
このときばかりは自分が生まれてきたことに感謝しつつ、俺は大人しく椎名の口付けを受け入れた。




20110130

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