紅い蜜月



※イサ華イサ。血注意



俺がスポンサーとの打ち合わせを終えて館長室に戻ると、部屋の前でそわそわと立ち往生するサカマタに出くわした。

「――何をしている、シャチ」

「!」

サカマタは背後から現れた俺の姿に気付くなり、びくんと弾かれたように飛び上がった。

「……。…いえ、その…、血臭が……」

奴は珍しく落ちつかなげにもごもごと弁解し、俺の追及を避けて視線を宙に彷徨わせる。海洋動物の頂点に君臨する彼の嗅覚はマッコウクジラの呪いを受けた俺などより余程鋭いため、恐らく嗅ぎつけてしまったのだろう。

「…そうか。成程な」

俺はサカマタに明日までにやっておくべき仕事を二、三言いつけて体よく追い返してから、館長室の扉を開けた。
やはり俺の予想通り、執務室に面した俺専用のバスルームの方から微かな水音が聞こえてきた。煌々と明かりのついた脱衣所を覗きこんでぐるりと見回せば、脱いで適当に折りたたまれた女物の服が積んである。

「華?」

「あー…伊佐奈さん?」

軽くドアをノックして声をかければ、濁ったすりガラスの向こうで肌色の影がふわりと揺らめいた。シャワーを止めてひたひたとこちらに近づいてくる。

「覗き…ですか?…案外エッチなんですね!」

細く開いた扉の隙間から漏れ出た熱気が白い湯気となって辺りに立ち込め、一歩遅れて華本人がひょっこり顔を覗かせた。
白く滑らかな首筋から意外に発育のいい胸元に至るラインが酷く扇情的で、思わず下半身がぞくりと疼く。
伊佐奈は慌てて首を振りかぶった。

「なっ、そうじゃない。シャチが部屋の前をうろついてたから」

「えっ?…ん?サカマタさん、もしかして私のこと好きなのかな」

「そんなわけないだろ、バカ華」

冗談じゃないとばかりに俺が顔をしかめて指し示したのは、華の足元に点々と滴る赤い痕である。
流石にこの近距離までくると鉄臭い血臭が嫌でも鼻についた。大部分はヒトである俺にとっても食欲のそそられる生気に溢れた香りだったが、シャチのように狩りを生業とする生き物からすればなかなかににキツイ誘惑であろう。

「ソレのときはあまりうろつかない方がいいぞ。ここの風呂も使うな」

「すみません」

こくりと頷く華の髪から散った雫が、次から次へと肌の上を滑り落ちていく。

「まあ、しかしあれだ。少し意外だな」

「? 何がです?」

「いや、ほら。お前も列記とした女なんだなって、思ったよ」

「もう、何ですかそれ。伊佐奈さんは失礼な人ですね」

華はすっかり機嫌を損ねたように口を尖らせたが、その直後突然気が変わったように挑発的な表情を浮かべると、ドアの隙間から片手を差し伸べて俺の口にぐいとねじ込んできた。
指先に月経血がべっとりついた指を、だ。
咥内いっぱいに塩気を含んだまろやかな風味が広がり、俺はぼーっと呆けそうになる頭を振って何とか意識を持ち直した。

「んっ…、ふ」

「美味しいですか」

「………………ああ、」

俺はこくりと頷いて華の手に両手をあてがい、指をさらに深く咥えこんで吸う。
何故だか異様に興奮する味だった。




20110109

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