エスコート



「アリババ君って童貞?」
 雑用で城下のバザールを訪れた際のことである。
 買い物を終えたあと、並んで歩く連れからいきなりそんな質問をされ、彼女いない歴=年齢を誇るアリババ・サルージャは飲みかけていた水を盛大に噴き出した。
「ぶほッ、えあ!?」 
 彼は質問者であるピスティを凝視し、回答に窮してぱくぱくと口を開閉させた。彼女の疑問がウィークポイントをついていたためである。
 ――いや、待て。
 今この少女の口から童貞という単語が聞こえた気がするが、単に日頃のコンプレックスゆえの被害妄想が発動しただけかもしれない。そもそもこんなに小さくて無邪気な生き物がそんな単語を知っているわけがない。
 と思いかけるも、そう言えばピスティの方が自分より年上であることを思い出したのだが。
「えっと、えっと……今何て?」
 どうか聞き間違いであれと祈りながら彼は尋ね返した。
 腕に止まらせたカラフルな島鳥の背を撫でながらピスティはきょとんとした顔で言った。
「だからね、私、童貞?って聴いたんだけど」
「ななななんでそんなこと訊くんだ? もしかして師匠から何か聞いたのか!?」
「違うよー。だってアリババ君てば、町で手をつないで歩くカップル見かける度に死神みたいな恨めしそうな顔してるんだもん」
「死神!? ちょ、違うだろ、俺がそんな顔するわけないじゃん。俺はそんなに心の狭い男じゃない。おうよ、カップルがなんだ。べたべたレロレロ気が済むまで勝手にいちゃついとけってんだ」
「童貞」
 繰り返された単語の威力はアリババを瀕死に追いやるのに十分だった。
 彼はひくひくと口元をひきつらせて悪びれない少女を見下ろした。
「分かったよピスティ。もし、万一俺が童貞だったとしよう。だったら何だっていうんだよ?」
「別に?」
 ピスティはもっぱらアリババの苛立ちの原因であった自分たちの前を歩くカップルをしげしげと眺めている。
「なんとなくそうなんだろうなって思っただけ。アリババ君って、女の子にちょっと遠慮しちゃうとこがあるでしょ? うちの王様みたいに軽すぎるのもどうかと思うけど、女の子が未知の生き物ってわけじゃないんだからもっと大胆になってもいいと思うんだ」
「そ、そういうものかな?」
「じゃあさ、試しに次の角まであのカップルみたいに手を繋いで歩いてみようよ? 私と、あの赤い天幕を張った露店のとこまで」
「え? き、君とかい?」
「ほうら、練習練習。俺についてこいな勢いで行ってみよー!」
「え、いや、待ってなんか恥ずかしい」
「繋ぐの? 繋がないの?」
「わ、わかった。じゃあ繋ぐけど」
 アリババは慌ててそう答え、差し出されたピスティの手を取った。
 彼女の手はびっくりするほど小さくて柔らかく、彼よりほんのり冷たかった。女の子は未知の生き物ではないなどと言うけれど、やはりこんなに違うのだ、いつも話している友人だと分かっていてもやはり緊張してしまう。
 アリババはよし、と自らを景気づけるように呟いて人ごみの中を進んでいった。
「――アリババ君」
「ん?」
 少し行ったところでくいと裾を引かれて彼は振り返った。
 くりくりした赤い瞳が見上げている。
「緊張してるでしょ。汗がすごいよ」
「ばッ、汗なんてかいてねぇよ。っていうか君は俺をからかうためにこんなことしてるのかよ」
「うーん……」
 ピスティはアリババの追及に対しどちらともつかぬ反応を見せた。
「あのね、今まで気づいてなかったかもしれないけど、私も女の子なんだからね」
「え?」
「胸はないけど」
「うん?」
 だから何なのだと首をかしげるアリババの手を、彼女はぐいと強く引いた。
「ねえアリババ君、遠いけどちょっとまわり道して王宮に帰ろうよ。ほら、今あの人たちが曲がってった道から」
「えっ、と」
 ピスティと比べて三倍近い重量の荷物を背負っていたアリババは待ってくれと言いかけたが――、
「アリババ君、ちゃんとエスコートしてね? あのカップルに負けちゃダメだよ?」
 にこり微笑んで首を傾けた彼女に押し切られ、彼はこくりと頷いた。




20120422

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