安眠妨害



 その日、王は疲労困憊していた。
 他国の官吏を交えた貿易関係の会議が複数重なり、来客のもてなしをしつつ片手間に溜まった書類を片付いていたらあっという間に一日が終わってしまった。
 風呂は明朝にするか、と妥協し、今にも落ちそうになる瞼をこすりながら自室に戻った。もたつく手でなんとか上着だけは脱ぎ、毛布をめくってそのままベッドの中へ――。
 ダイブできなかった。
 彼はぎょっと動きを止め、めくりあげた毛布をはらりと落とした。
 間違いない。中に何かいた。
 彼は慌ててぐるりと室内を見回しここが自室であることを再確認する。本来ならばここに誰もいるはずがないのだが――、
 人がいる。
 こんもりと盛り上がった毛布の下から招かれざるその人物はのそのそと這い出してきた。
「おいおい、何無視してんだよ? 俺ずっと待ってたのにさ!」
 シンドバッドは呆気にとられてぽかんとしていた顔を、瞬時にきつく引き締めた。この男を前に嫌な予感しかしないのは長年の経験によるものだ。
「何でお前がここにいるんだ、ジュダル」
「あんたの疲れを癒すために決まってるだろ?」
 ジュダルは両手を広げて飛びかかってきた。
 シンドバッドは咄嗟に魔力を使ったが残念ながらマギには敵わなかった。がつんと音を立てて床にひっくり返り、無様に押し倒される格好になる。腹部を強く圧迫され、先程取った夕食が逆流しそうになった。
「ぐええ……ま、待ってくれっ。言ってることとやってることが矛盾してない!?」
 マギはシンドバッドの手首を掴んで床に縫いとめ、しゅるりと舌舐めずりをした。
「だってあんた、昼間はのらりくらりとかわしてくるじゃん」
「なにすっ……ちょ!」
 マギははあはあ、と不気味に息を荒げている。本性を現した彼は躊躇もなく王のズボンを引いて中へ手を突っ込んできた。
「ああっ……! まっ、そこは、……やああっ」
「まあ落ち着けってバカ王、俺様のテクですぐにぐでんぐでんにしてやんっ」
 満面の笑みを浮かべたジュダルはそこでぴたりと口を噤んだかと思うと、突然糸の切れた人形のようにシンドバッドの上に倒れこんできた。
「えっ、あれ?」
「僕の王をあなたの好きにはさせませんよ」
 ジュダルの後ろから姿を現した華奢な男はシンドバッドの腹上に乗ったままの身体を無慈悲に足で蹴り転がした。
「ジャーファル! 助かったよ」
 シンドバッドが歓喜して礼を言うと、有能な政務官は何故かふうと呆れたような溜息をついて濁った目を向けてきた。
「無防備すぎるのも考えものですよ。自覚が足りませんね」
「うん? えっと、そうかな?」
 困ったように頭をかきながら首を傾げたシンドバッドの脇で何かがもぞりと身じろぎした。
「ったく痛ってーな……何してくれてんだよ」
 言わずもがな、ノックアウトされていたジュダルである。
「早くもお目覚めですか。流石はマギ、無駄に図太いですね」
 普段の温厚さはどこへやら、ジャーファルは敵意むき出しにジュダルの手を踏みつけた。
「って! 何すんだよこのそばかす! もやし!」
「あなたに言われたくありませんね。魔法しか能のない軟弱者」
「はああ!? ちょっとバカ王に気に入られてるからって調子乗ってんじゃねーぞタコ!」
「王をバカ呼ばわりするのはおやめなさい、この眉なし」
「んだぁ!? 眉ならここにあるわ見えんのかバーカバーカ!」
「……えーっと」
 これはどうにもならないと悟ったシンドバッドはそろりそろりと二人の間から退散した。
 窮地から救ってくれたジャーファルには感謝しているが、ジュダルを呼んでもなければ実はジャーファルに護衛をするよう頼んだ覚えもない。
 いずれにせよ王の寝室で揉められては迷惑だ。
 うんざりしながら眠気を堪えて部屋を出たシンドバッドであったが、廊下の先に親しい人物を見つけておやと声を上げた。
「アリババ君?」
「王様。お仕事お疲れ様です」
 月明かりの下、少年は金色の髪を揺らして歩みよりながら朗らかに微笑んだ。つい今しがたまで剣術の稽古をしていたのか幾分魔力がすり減っているようだ。
「お困りのようですね。良かったら今夜は俺の部屋に来ませんか?」
「いいのかい?」
 シンドバッドがにやりと笑みを返して尋ねると、アリババは頷いて王の手を取り、甲にそっと口づけた。
「あなたのためならば、喜んで」




20120419

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