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「少年よ。あなたがこの泉に落としたのは金のシンドバッドですか。それとも普通のシンドバッドですか」
 俺の身体が水面から引き上げられると同時に視界がクリアになり、ハッと驚くアリババ君の顔が目に入った。
 彼は一瞬俺ともう一体を値踏みするように見比べてから迷いのない目で女神を見上げた。




 そもそもなぜこのような展開に至ったのか。
 事の発端はアリババ君たちとともにシンドリア本島から数十キロ離れた外海の島までバカンスがてらに遠出してきたところに始まる。
 なんでもその島にはおとぎ話で有名な正直者の泉とやらが存在するらしく、村長の話を聞いてやおら冒険心に火のついた若人たちを連れて鬱蒼と茂る樹海の奥まで踏み入ることになった。
 しかし子供の無知とは恐ろしいもので、一度迷ったら抜け出せないと噂される樹海の中を各人の興味のままに方々へ散っていくではないか。
 集団としての統率など無視してずんずん進んでいく少年少女たちを追っている最中、張り出した木の根に躓いて近くの池に落ちてしまった。そこを何者かによって引き上げられ、今に至る。
 俺を指二本でつまみあげているのはその怪力に反して女神のように美しい女だった。白銀のまつ毛にアメジストの瞳、艶のある淡い桜色の唇。昼の光に溶けてしまいそうな白く清らかな横顔に思わず頬が緩んでしまう。ただし身に纏う魔力の量からして人間でないのは確かだ。
 傍らに目を向ければ、彼女のもう一方の手には黄金色の俺が収まっている。単に外見をコピーしただけの、魔力により形作られた幻覚であることはすぐに分かった。
「あなたがこの泉に落としたのは金のシンドバッドですか。普通のシンドバッドですか」
 女神の可憐な声に尋ねかけられたアリババ君はにっこりと笑って答えた。当然彼の答えは、
「金のシンドバッドです」
「えええええ!? ちょ、待って違うだろ明らかに!」
 俺は叫んだが、アリババ君はまるでそれが聞こえていないかのように無反応だった。
 女神は柔和な微笑みを返した。
「分かりました。金のシンドバッドですね」
「はい!」
「では少年よ、この金のシンドバッドを受け取りなさい」
「え!? ちょっ待って、渡しちゃうの!?」
 アリババ君は女神に駆け寄り嬉々として黄金色をした俺のコピーを受け取った。
「おかえりなさい、シンドバッドさん。泉に落ちるなんて怖かったでしょう? 苦しかったでしょう? 帰って俺がお風呂に入れてあげますからね。背中流しっこしましょうね」
 驚いたことに、ぞっとするような猫なで声で銅像に向かって話しかけ始めたではないか。
「いや何でそうなるのアリババ君!? っていうか俺たちそんなに仲良かったっけ!? おやじ臭がうつるって口汚く罵られたことしか思い出せないんだけど!? ねえ無視しないで!」
 俺の訴えも虚しくアリババ君が黄金像を連れて行ってしまうと、女神がくるりとこちらに顔を向けた。
「ではあなたは私と一緒に泉の中に戻りましょうね」
「え、何で!? それは困るよ、水中じゃ息できないって」
 すると「大丈夫です」と根拠のない返答が返ってきた。
「シンドバッド様、あなたのご威光はかねてから聞き及んでおりましたので、ずーっとお会いしたいと思っておりましたのよ?」
「やだ! 嫌っ、アリババ君っ、アリババくぅん! なあ、まだそこにいるんだろ!? ひっ、いやあああ俺を見捨てないでええええ!」





「アラジーン!」
「アリババ君!?」
 がさがさと下草をかき分けて巨大な銅像を手に近づいてきた少年を振り返り、アラジンは目を丸くした。
「一体どこ行ってたんだい? モルさんもおじさんも見当たらなくて不安だったんだよ」
「アラジンこれ見てくれよ、金のおっさんが手に入ったぞ!」
「わぁ、すごい! グッジョブアリババ君、これ本物のおじさんより役に立ちそうだよね!」
 アラジンは目を輝かせて嬉しそうにきゃぴきゃぴとはしゃいだが、途中でふとあることに気づき口を噤んで首をかしげた。
「アリババ君……? どうして泣いて――?」
「あのおっさんムカつくぅ……だって、だってよ、女神につまみあげられて満更でもなさそうににやけやがって」
 きつく唇をかみしめるアリババを見上げ、アラジンはへにゃりと眉尻を下げた。
「アリババ君……」




20120423

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