白のルチフェル:04



「ああ…もう、やだ。ホント最悪…」

俺は自室でたった一人、柄にもなく消え入りそうな声で吐き捨てる。
――あはは。今の俺、なんかものすごく馬鹿っぽい。

(平和島静雄と、出来てるの?)

昼間の会話で嫌なことを思い出してしまってから、結局ずるずると引きずったままだった。愚かしいことと分かっていても、頭にこびりついて離れてくれない。
波江さんは何も悪くないのに。
ただいつまでも付いて回る、忌まわしい過去。それだけが曲者だった。寂しがり屋なあの過去は、俺を見逃してはくれないのだろうか?
帰宅後、気晴らしにと作った夕食も結局食べずに捨ててしまった。
だからといってベッドに入っても早々には寝付けない。仕方なく起き出し、一週間ほど前に友人から借りた洋画を見始めたのだが、内容が頭の中に全く入ってこない。
チャットをするほどの気力もなく、かといって仕事は全くたまっていなかった。ああ、ああ、計画的なのも考え物だ。
単にじっとしているのも落ち着かないので、冷蔵庫にあった焼酎を割りもせず大胆に煽る。少しだけぼーっとしてきた頭を抱えてベッドに倒れこみ、おもむろに自慰を始めた。

「…ふっ……あ、っく」

昔の自分はこんな単純なことでももっと楽しんでいた気がする。頭の中を真っ白にするためじゃなく、娯楽として。もう少し若かった頃、どちらかと言えばセックスはよくやった。女を抱くのは今でも嫌いじゃないし、主導権を取れる性交は楽しい。
だけど、そう。思い通りにならないセックスってのが世の中にはある。
自嘲気味に苦笑しつつ根元から何度か梳き上げてやると、ご無沙汰だった性器はゆるりと頭をもたげた。俺は荒くなる息を潜めるようにしながら、露出した先端の赤い肉を指の腹で揉んで刺激する。硬度を増した棹はしっかりと上を向き、手を離してなお自立するそこはこぽこぽと透明な液をこぼし始めた。徐々に感度が上がり、同時にシャツを捲り上げて胸の突起に爪を立てれば、甘い吐息が漏れる。

「あっ…ふぁ、」

アルコールが回ってきたのか、徐々に意識が薄らいできた。どこか頭の片隅では、ズボンもトランクスも脱ぎ捨て、ほとんど全裸の痴態を晒して俺は何を馬鹿なことをやっているんだろうと思った。三十路前のいい年して、童貞染みたオナニーなんぞに没頭して。
人の肌が恋しくないと言えば嘘になる。けれど恐ろしくてたまらなかった。俺は人間が好きだ。けれどその関心がごく稀に俺に対して向けられるとき、虚構の張り巡らされた不透明な精神も、まとわりつく視線も、どろどろした重苦しい感情も何もかもが嫌になる。

(先生、やらしいですね…?蹴られて、興奮したりして)

刺激されれば勃起する。執拗に中を擦られれば濡れてくるのだって生物学上当たり前の現象なのだから、何も恥らうことはないはずだ。
それなのにあのとき俺は恥辱に負けて泣いた。相手の頭がおかしかったのだと割り切ってしまえるほど、自分に自信が持てなかった。

(ねえ、こうされると――気持ちいいですか?)

今まで女で遊んできたつけがとうとう回ってきたかのかと思わざるを得なかった。脳髄までも犯さんとする過酷なセックス。自分でもろくに触れたことのない場所を弄られて掘られて、意識が薄れる瞬間を見計らったように肌に爪を立てられて。

(ねえ、もっと啼いて。――泣いてよ)

ごめんなさい許してくださいと大泣きしながら懇願したあのとき、嬉しそうに表情を崩しながら握り込んできた手の感触は今でも消えない。
下手くそだったのかと言えば、答えはノーで。
2週間に及ぶ監禁生活の中、とりわけ痛くされないときは、どちらかと言えば上手い部類だったのを記憶している。精液と尿以外ろくに水分も与えられない過酷な状況下においてでも、俺は感じた。身体はあっさりと俺を裏切ってあいつの僕に成り下がった。欲への激しい渇望を満たすべく、回数を重ねることによって意図的に作られた汚らわしい快楽こそを求めたのだ。

(泣いて。あなたの歪む顔が見たいから)

あの手と同じように、中に指を潜り込ませてかき混ぜれば、まるで己のものではないような声が漏れる。女みたいな、ソレ。忌々しい。抱かれたくなんてないのに、それがなければ満足できない身体に作り変えられてしまった。
気持ち悪いのに気持ちいいと感じる矛盾が、苦しい。

(やだ、何で俺、こんな…嫌、嫌嫌、だって、感じてなんかない)

(嘘ばっかり。臨也先生のここは、ほら)

「やめて!」

俺はいつの間にか叫んでいた。
冷めた目で周りを見回す。そこは俺の部屋で、誰もいなければ何もおかしなところはなかった。焼け付くような首筋の痛みに気付いて掌を当ててみれば、べったりとねとついた生ぬるい感触。俺の手は知らず知らずの内にナイフを握っていたようだった。

「ああ、気持ち悪…」

いい加減認めざるを得なかった。俺はあの時から全く前に進めていないって。
深く重い吐息をゆっくり吐き出し、ぎゅっと固く瞼を閉ざす。今思えば、病院で泣き喚いていたあの頃の方がまだ楽だったかもしれない。





20100924

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