SEXY PANIC:14
「へーぇ?一体君達は、俺の大事な秘書になんてことしてくれてんだろうねぇ?」
ナイフを振りながら近づいてくる、その男の足元には既に数人の男たちが伸びきっていた。
「なっ、てめえは…!」
「ああ、俺?――折原臨也。知らないこともないだろう?」
鋭い狐目を一層細めて挑戦的に笑いながら、カチャリと刃物をチラつかせる。彼が包丁で料理をする主婦のような当たり前さでまた一人男を突き刺すと、その者は脚から血を噴いてドサリと倒れた。
「くそ、駄目だ…!おいお前ら、行くぞ!」
これは本気で死人が出るかもしれないと踏んだリーダーが、残った仲間たちに声をかける。
彼らの去り際は呆気ないほどに潔かった。
パタパタパタパタ…
互いにもつれるようにして遠ざかって去っていく靴音を聞きながら、拘束を解かれた俺はアスファルトの上にへなへなと崩れ落ちた。
「――っ」
それをぐいと力強い腕に支えられる。
「――大丈夫?」
波江さん…だった。
俺の顔をしていても、目の前にあるクールな表情は紛れもない波江さんだった。
「どうして……」
「そんなの、決まってるじゃない。あなたが迎えに来いって言ったから来てあげたのよ」
ちょこまか逃げるから見つけるのに時間がかかったけど、と責めるように言いながらも俺の濡れた頬を拭ってくれた。
「う…波江さん…………、ごめん」
彼女の存在を確認したことで、安心感からまたぶわりと熱いものがこみ上げる。次から次へと溢れて止まらない涙が頬をぐしゃぐしゃに濡らして、今朝初めて自分で施した、ただでさえ下手くそな化粧を流してしまう。
「ひうぅ…ごめんなさい、本当にごめんなさ……波江さん、俺…」
「バカ。何で泣くのよ」
波江さんは俺の乱れた衣服を整えながら、戸惑ったように眉尻を下げる。
「…う。だって、怖かったから……」
「あなた、素敵で無敵な情報屋なんでしょ?そんなことで泣かないの」
「違うよ俺、無敵じゃないし。…だって今は…俺が波江さんで、波江さんが俺で」
「へぇ?私だったら尚更、そんなことじゃあ泣かないわね」
波江さんは朗らかに笑った後、そっと俺の前髪を掻き分けて額の真ん中に口付けを落とした。
それは優しかった、とても、とても。
口に頂戴、と俺が求めれば彼女はそこにもしてくれた。
「波江さん…、波江…」
俺は涙混じりに何度も名前を呼び、彼女を求める。
波江さんは拒むことなくただぎゅうと俺の身体を抱きすくめ、彼女らしい飾り気のない温もりと唇をくれた。
不思議と身体が芯から溶かされるような、今までで一番気持ちのいいキスに身を委ねながら、俺はやっと理解した。
――自分がどれほど彼女を愛していたのかってこと。
20100824
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