SEXY PANIC:12



『ちょっと折原!何で池袋なのよ、今すぐ戻ってきなさい!ってか私の身体で変なトコ行ったりしてないでしょうね!?』

「う〜ん、そうだねえ。そんなに心配なら迎えに来れば?」

俺は悪意の篭った一言を投げつけてから、電話の向こうでギャーギャー喚く声を無視して携帯を閉じた。
――ああ楽しみだ。ワクワクする。
そりゃ、真面目に仕事してくれていた波江さんには悪いけど、でもこんな他人の身体で出歩ける機会なんて滅多にないのだから最大限利用しないと勿体ない。

「さぁて、手始めに誰に会いに行こうかな…」

コートのポケットに手を突っ込みながら繁華街をぶらつき、様々な人物の顔を思い浮かべた。
シズちゃん、帝人くん、セルティ、新羅、ドタチン、シズちゃん…。
そこまで考えたところでふと金髪の後姿を発見した。――ふふ、あれは間違いない、

「平和島さーん!」

「…あ?」

シズちゃんらしき背中がくるりと振り返った。ほら、やっぱりシズちゃんだ。

「あのぅ、お買い物ですか?」

腕からいくつか下げている荷物を見遣りながら問いかけると、彼はポカンと口を開ける。

「…誰だ、アンタ」

「え?私波江ですよぅ、忘れちゃったんですか?折原んとこの秘書ですよ!」

「は、はあ…」

シズちゃんは困ったように間の抜けた声を発した。
多分そのポンコツの脳みそで波江という女のことを思い出そうとしているんだろうが、まるっきり無駄だ。波江さんがシズちゃんと直接会ったなんていう事実は俺の知る限り存在しない。彼女の方がシズちゃんを認識しているのは単にシズちゃんが目立つからだ。

「えっと、なんで秘書のアンタがこんなとこに…?」

「えへへ、あいつムカつくから逃げてきたんです!あ、ねえねえ静雄さん、今日お休みなんですか?よかったら私とぶらぶらしません?」

「あ、えっと…」

「あの…もしかして迷惑でした?」

「あ、いや…別に構わねえが」

俺が上目遣いにシズちゃんを覗き込むと、喉仏が上下し、ごくりと生唾をのむ音がした。
平和島静雄、純情少年…か。女性に対する免疫というものがまるでなさそうなその仕草は大の大人には不釣合いで、実に面白い。

「じゃあ行きましょう、静雄さん!」

俺は髪を揺らしてにこやかに笑いかけ、シズちゃんの空いている方の手を握った。
内心ニタリとほくそ笑みながら。







「ところで静雄さんは、どんなタイプの子が好みなんですか?」

「へ!?」

静かな公園のベンチに二人っきり。談笑中に何気なさを装って口にすれば、明らかな動揺の色が見て取れた。

「な、何言ってんだよアンタ、」

「教えてくださいよ〜、静雄さぁん」

――ああ、ああ、ホント愉快。
シズちゃんがこんなにオロオロするところなんて、男の俺のままでは一生見られなかったに違いない。っていうか君、真面目すぎなんだよシズちゃん。そんな無遠慮な質問の答えなんて、適当にでっち上げるかはぐらかすことだってできるじゃないか。

「そうだな……お、大人っぽい女……かな」

「ふふ、それって年上ってことですか?」

木の枝に隠れて外から見えにくいのをいいことに、俺はここぞとばかりに身体をすり寄せた。

「私とか…駄目かな?」

指先を首筋に絡めながら上目遣いに覗き込めば、顔と顔の距離、およそ二十センチ。シズちゃんの鼓動が聞こえる。サングラスの奥の瞳が揺れている。こういうシチュエーションに備え、多少襟ぐりの開いた服を着てきて正解だった。

「あ、いや……えっと」

間違いなく俺の言葉を本気と受け取っているらしいシズちゃん。ホント、馬鹿。こんな、いきなり現れた怪しい女の言動に一々踊らされてるようじゃ、結婚詐欺とか普通に引っかかっちゃうじゃん。まあバレたら後が怖いから、君を引っ掛けようなんて大胆な女がそうそういるとは思えないけどね。
俺が凝り固まった肩を掴んでさらに顔を近づけると、びくんと面白いくらいに身体が跳ねる。まるっきり童貞丸出しの反応に、思わず笑みが零れた。

「ふふ…可愛い」

「……?――ッ!」

頬に一つキスを落としたら、それだけでびっくりして口をパクパクさせて――腹がよじれそうなんだけど。
駄目だ、我慢我慢。もうちょっとだけ笑わずにいなきゃ。ああ、でもおかしいよ君のその顔。あは、あははは、

「ぷ、」

――腹筋、崩壊。

「?」

「ひっ、あは、アハハハハハ…!」

呆気に取られてポカンとするシズちゃんに向けて、俺は極めつけの一言を吐き出した。

「君ってさぁ、ホント面白いね。く、あははは…そんな可愛いところも大嫌いだよ――シズちゃん?」

「あ?」

――さて、と。
身の危険が降りかかる前に俺はひらりとベンチを離れ、その場から全速力で駆け出した。

「じゃあまたねー!」

「ゴルアぁぁぁ!待ぁちやがれぇぇいぃぃざやあぁぁあぁ!」

公園の出口を出る間際、何か巨大なものが飛んできてフェンスにぶち当たる。それがベンチの横に生えていた大木であることに気付き、俺は小さく苦笑した。
――やっぱりシズちゃんはこうでなきゃなぁ!





20100823

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