SEXY PANIC:10



「誠二!――誠二!」

ねえこっちに来て、と大声で何度も呼びかけるのに、弟は何故か私の声に気付かないようだった。聞こえないのだろうか。
孤独感に胸がきゅっと小さく痛む。
苦しくて、切なくて。苦痛に耐えられなくなった私は、やがて深い霧の中を彼のところに向かって走り出す。

「…ッ…せい、じ…!」

息を切らしながら肩に手を置くと、彼はようやくこちらを振り返ってくれた。
しかしその顔は既に最愛の弟のものではなく。

「どうしたの波江さぁん?」

――髪を長く伸ばしたオカマの女。

「――ッいやあぁぁああああ!」







パチリと目を開けた。
寝起きにしてはやけに冴え渡る頭を振ってサイドボードの時計を見れば、朝の5時12分。

「うう、何よ…アレ……あ、なんだ。やっぱまだ戻ってないのね…」

叫んだのは夢の中だけだったらしい。
がっくりと肩を落としながらも軋むベッドから身を起こし、自分が全身びっしょりと汗をかいていることに気付いた。なぜこんなに暑いんだろう。
その正体は横を見ればすぐに判明した。

「ん、ふう…波江…むにゃ…もう、食べれない…」

じゃんけんでボロ負けしてリビングのソファで寝るはずだった臨也が、あろうことか隣でスヤスヤ寝息を立てている。理解しがたい現象が起こってしまったようだ。
しかし、私にとってそんな問題は二の次でしかなかった。

「?……んん?」

(うわ、この感触…またやっちゃった?)

寝巻きの胸元をはだけて色気むんむんで眠りこけている上司をそのままにし、ベッドから這い出して股間の辺りをまさぐる。――湿っていた。
え――なんで?
昨日はともかく、今朝はいい夢なんて見ていない。出てきたものと言えば、死ぬほど気持ちの悪い臨子だけ。まさかそれに欲情したっていうの?
私はこの上ない苦渋を噛み締めながら、気分を切り替えようと着替えを一揃い引っつかんでバスルームへ向かう。一刻も早く身体を清めたい気分だった。確か昨晩にも風呂には入ったはずだが、酔いが回っていたためか記憶が曖昧だ。
脱衣所の扉に鍵をかけると、汗臭いシャツを脱ぎ、ズボンと下着をずるりと下に落とした。
――ああ、ダメ。分かってはいるけど、やっぱり何度見ても抵抗があるわ。
私はなるべく下を見ないようにしながら浴室に入る。シャワーを捻り、ダイヤルで湯の温度を調節した。身体を執拗に何度もこするようにして、汗とこびりついた液体を流す。
ソレにはできるだけ触れたくないので、シャワーを当てるだけで済ませようとしたのだが。

「…ッ!…っふ……」

ノズルから噴射した湯がソコに当たった瞬間、言葉にならない感覚が身体を走った。
私はゾクリとあわ立つ身体を抱きかかえるようにしながら、反射的に下を見る。グロテスクな男根は半分勃ち上がっていた。

「……え、」

そう言えば今朝は液体が濁っていなかった。こびりついていたアレは恐らく精液ではなかったのだと、今更ながらに思い至る。いわゆる半勃ちというやつだ。
何だか身体中がぞくぞくして、このままじゃまずそうな事くらい知識のない私にも想像がつく。けれどどうすれば元に戻るのかが分からない。分かりたくもないが。
性器は明らかに固くなっていて、通常よりいくらか膨張しているようだった。手で無理矢理押さえつけても、すぐにピンと上を向こうとする。
臨也に訊けばあっさりと戻してくれそうな気もするが、その過程で最大限に遊ばれること必至。
――さて、どうしたものか。
一旦イけば治るのではないかと考えた私は、とりあえず再びシャワーの口を近づけ、疼きの中心に湯を当ててみる。

「……ッふ、…はァん…」

下腹部に熱が集まってくる奇妙な感覚に、思わず声を漏らしてしまった。
私はシャワーと持つのと反対の手を伸ばし、恐る恐る棹の根元の方をぎゅっと握ってみた。そのままゆっくりと上に向かって梳き上げる。同時に誠二の裸を想像すると少し興奮が増す。

「ひ……ふあァ…ゃン…ッ」

シャワーのノイズに半分かき消される声。
溢れる透明な先走りは出た傍から綺麗に洗い流されていく。
梳き上げる手の速度は必然的に少しずつ増していく。嫌なはずなのに、今はそれどころじゃない。何も考えられない。頭の中が真っ白になって、ただ達したい欲求だけに引きずられて行く。

「ひっ、あ…ふ、…は……ア、」

排尿感にも似た波が押し寄せ、私はガクリと膝を折ってへたりこんだ。中心から勢いよく白濁が飛び出し、水色のタイルの上にたらりと広がる。

(ああ、やっちゃった)

脱力した私は性器に付着した精液を指にとり、まじまじと眺めた。
ふと顔を上げれば、視力は曇りかけた浴室の鏡の奥からこちらを見つめる自分自身を捉える。本人曰く21歳の男の裸体。誠二ほど体格は良くないが、顔立ちはなかなかに整っている。

(なによ、コレ)

精液を滑らかな頬にゆっくりとこすりつける。濡れて貼り付いた髪の下、男にしては綺麗な肌に白い痕が残される。それは酷くエロティックで、私の脳は達した余韻に浸ることなく再び興奮状態へと駆け上る。
征服した、と思った。
意味不明で腹黒い性格をしたこの男を確かに自分は好きではなかったが、かと言って憎むほどでもなかった。それほどの興味すらなかった。私にとっての世界は姉弟の絆だけで完結され、誠二がいればそれで事足りていたからだ。
なのに――それなのに今は少し違う。

「ふふ…あはは……見て、俺は淫乱な男子です…」

唇を尖らせ、鏡に向かって卑猥な言葉を囁きながら、ニヤリと口端をつりあげる。
汚らわしいとさえ感じていたそれ――臨也の性器を今度は自らくちゅ、くちゅと梳き上げ、先走りの滴る手で顔や首筋を汚す。

「こんなことばかりする、えっちで…イケないイケない、…ダメな子です…」

鏡に映る顔。浮かんだ悪魔のような笑みはまるで、臨也本人がよく見せる表情そのもの。
遂にやった、生意気な男を堕としてやったのだというどす黒い快感が私の中にゆっくりと根を下ろしていく。それは一息に彼に対する勝利と呼んでしまっても過言でないかもしれない。
満足だった。
どうしようもなく幸せだった。
くだらないと言ってしまえばそれまでの行為が、この瞬間の私における“全て”となった。見届けたい虐げたい支配したい。これまで興味さえなかった男に対し何故これほどまでの強い執着が湧き上がったのか、私にはてんで判らないけれど。こんなことは初めてだった。

「ふふ…あー…これが、ラブ?」

わざとらしく首をかしげ、薄い唇から赤い舌を覗かせながら誰にともなく問いかけてみる。
自分の中で、徐々に何かが変わってきているような気がした。





20100822

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